阪神・ドラ1立石 プロ1号「大学までのステージとはまた違ったいい瞬間」デビュー5戦目は大山に並ぶ球団3位
「巨人3-6阪神」(24日、東京ドーム)
阪神のドラフト1位・立石正広内野手(22)=創価大=が待望のプロ初本塁打を放った。五回2死一塁で右翼席へ1号2ラン。巨人・竹丸との「ドラ1対決」を制し、宿敵相手の同一カード3連勝に導いた。チームは立石のデビューから5連勝で貯金を最多11とし、首位に再浮上した。26日からは交流戦に突入。新庄監督率いる日本ハムにも黄金ルーキーの輝きを見せつける。
白球がフェンスを越えたのを確認すると、立石は少し跳びはね、表情を緩めた。ついに出た、うれしいプロ初本塁打。大歓声をかみしめながら、ダイヤモンドを一周した。
「しっかり(バットに)かんだ打球がいった。大学までのステージとは、また違ったいい瞬間でした」
記念すべき一打が出たのは五回だった。1点を先制し、なおも2死一塁の場面。竹丸の高めに浮いた直球を仕留めた。打球は右翼席に飛び込むプロ1号2ラン。ベンチでは先輩たちから手荒い祝福を受けた。記念のボールも手元に戻り「両親に会った時に渡したい」と語った。
デビューから5試合目の一発は、ドラフト1位では大山に並び球団3位タイのスピード。巨人戦でプロ初本塁打を放ったのは1980年の岡田彰布、97年の今岡誠以来3人目だった。
山口県出身の立石にとって「伝統の一戦」はテレビの向こうの世界。当時は巨人で活躍した長野久義に憧れた。プロ野球選手になるため努力を積み重ね、たどりついた舞台。子どもの頃にヒーローたちが浴びていた大歓声が、今は自分に降り注いでいる。「まだ慣れないですけど、うれしいです」と白い歯を見せた。
スラッガー伝説の始まりは小学生の時だった。初めて打ったのはランニングホームラン。「打ったら楽しいんですよね。ホームランでしか味わえないうれしさがあります」。中学3年で初めての柵越えを経験。立石少年はホームランのとりこになっていった。
高川学園2年時に新型コロナウイルスが流行。対外試合の数が圧倒的に少なく、高校通算は10本塁打ほど。目立った数字を残したわけではないが、高校のグラウンドでは中堅115メートルの奥にそびえ立つバックスクリーンを越える打球を放つなど、才能は確かだった。
「数も増えていって、大学の頃からはそういう(打ちたい)感情は増していった」。創価大に進学後も進化は止まらない。技術、体力ともにレベルアップを続け、誰もが認めるホームランバッターに成長を遂げた。
七回には3試合連続複数安打となる中前打で出塁した。佐藤輝の右前打で二塁から果敢に本塁へ突入。気迫のヘッドスライディングで生還し、5点目をもたらした。巨人3連戦で7安打1本塁打5打点と大暴れ。チームを今季最長の5連勝、首位浮上に導いた。「プロ野球選手になって初めてのホームランなので、これからも忘れないと思いますし、この一本で終わらず、どんどん増えていったらいいなと思います」。言葉通り、プロのキャリアはまだ始まったばかり。黄金ルーキー立石の未来は希望に満ちあふれている。
◆阪神がセ・リーグ首位で交流戦を迎えるのは6度目。08、21年のほか、23年から4年連続だ。23、25年はそのままセ・リーグ優勝を果たし、他の4シーズンも2位
に入っている。
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