ドラ6湯浅 ゆかりの尾鷲市営野球場で決意 別当薫に続く“レジェン道”誓う

 阪神のドラフト6位・湯浅京己投手(19)=BC・富山=が4日、三重県の尾鷲市営野球場で自主トレを公開した。少年野球時代から使っていたなじみ深いグラウンドで、胸を張って決意表明だ。尾鷲にルーツのあるタイガースの先輩・別当薫氏のように、プロの世界で活躍…そしてその先にある『湯浅杯』設立へ。故郷の空に、意気込みを誓った。

 故郷への思いが募った。見渡せば青々とした山ばかり。ここが湯浅の原点だった。「田舎ですよね」と恥ずかしそうに笑う。それでも「自分の原点。そういう場所です」と言葉を続けた。プロへと続いた道のスタート地点。尾鷲の青空に大きな野望を打ち立てた。

 「尾鷲には、毎年秋に行われる『別当杯』があるんですけど。僕もいずれは、自分の名前のついた大会ができればいいですね」

 球場入り口には、バットを構えた“先輩”の銅像が建てられていた。1948、49年に大阪タイガースでプレーし、その後は毎日オリオンズでも大活躍した別当薫氏。日本球界初のトリプルスリー達成者で、1988年には野球殿堂入りを果たした。本籍のあった三重県尾鷲市は第二の故郷として、記念碑には「私にとって尾鷲は少年時代の夢の尽きないパラダイスでした」と書き記されている。

 その名残、そして尾鷲市営野球場の誕生も重なって、同年の1987年からは『別当杯野球大会』を開催。湯浅自身も中学3年時に出場し、準優勝を果たしていた。「尾鷲では有名。僕も小さい頃から、別当さんのことは聞いていました」。没後、球場前に建てられた銅像が偉大さを今に伝える。その地で生まれ育った野球少年たちにも、世代から世代へ語り継がれてきた。

 少しでも早く肩を並べられるように-。くしくも同じ球団でプロ生活をスタートさせる湯浅。厳しい戦いの幕開けとなるが「他の人たちと同じ練習では上に行けない。とにかく練習。人一倍、努力したい」と表情を引き締めた。

 子どものころから通い続けた懐かしいグラウンドに、プロ野球選手として帰ってきた。「先発ローテーションに入れるように、まずは頑張ります」。苦しいときも、うれしいときも過ごした故郷で、湯浅が決意を胸にした。

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