岩波、五輪戦士に導いたスパルタ父との“特訓”

 小学生時代の岩波(手前から2人目)(神戸FC提供)
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 48年ぶりのメダル獲得を目指すサッカー男子代表のDF岩波拓也(21)=神戸。5月のトゥーロン国際大会で左膝内側側副靱帯(じんたい)を損傷し、一時は五輪メンバー入りも危ぶまれたものの、18人の枠に滑り込んだ。13日の横浜M戦にフル出場し、53日ぶりの実戦復帰を果たした。J1神戸の選手として初の五輪出場。日の丸を身にまとうまでには、父幸二さん(45)との厳しく過酷な日々があった。

 正確無比の右足は、父との二人三脚で磨き上げた。幸二さんは神戸・八代学院高(現神戸国際大付属高)のMFとして、高3の夏に全国高校総体に出場した経歴も持つ。自宅には小さなボールが転がっており、歩き始めた頃には、岩波は当たり前のようにボールを蹴るようになっていた。

 父はとにかく厳しかった。神戸市の自宅近くにある向山公園。こぢんまりとした土のグラウンドで、小学生だった岩波は父と毎日のように“特訓”に励んだ。夕方、公園のフェンスに向かって、時には吊(つる)した水風船を狙って「二百本とか三百本」(岩波)ボールを蹴り続けた。

 ヘディングやトラップも、時には顔にボールが当たって血を流したこともあった。近所の子供たちが楽しそうにサッカーや野球に興じる傍らで「泣きながらボールを蹴ったり走ったりしていた。近所でも有名だった」と岩波は振り返る。今も子供たちの憩いの場となっているその公園は「僕の聖地」だと言う。

 父はプロ選手に育てようとしていたわけではなかった。「かわいそうやなと思うんですが、うまい子についていかないといけない」という一心で、日が暮れても、雨の日でも息子に付き添い鍛え上げた。“特訓”の日々は中学で岩波が世代別代表に選出されるようになるまで続いた。

 最終ラインから繰り出す長短の正確な配球は岩波の代名詞となり、神戸初の五輪戦士としてブラジルのピッチに立つ。当時を知る仲間からは「『あんなにやってプロになれんかったら、どうやったらなれるの』と言われる」と冗談めかしたが、「それだけ蹴ったから今がある」と父への感謝を交え、胸を張った。

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