【芸能】市川由紀乃 紅白初出場を支えた母の存在 17歳でデビュー、活動休止乗り越え
今年の紅白歌合戦には紅組白組各5組の計10組が初出場を果たした。そんな中、演歌・歌謡曲のジャンルからは紅組・市川由紀乃(40)が、ただ1人その切符を手にした。昨年は「命咲かせて」、今年は「心かさねて」が9万枚を超える大ヒット。近年は、演歌・歌謡界では最も勢いのある女性歌手として活躍していた。同ジャンルから紅組の初出場を決めたのも、13年ぶりの快挙であった。
なじみのない方に紹介すると、市川は1976年1月8日生まれ。さいたま市出身で身長170センチの長身の美人。17歳だった1993年8月21日に「おんなの祭り」でデビューした。一時燃え尽き症候群になり4年半ほど活動を休止していた時期もあるなど、紅白初出場は、ようやく苦労が実を結んだ格好だ。
初出場を決めた陰では、実母・松村栄子さんの支えがあった。栄子さんは市川が中学1年の時に離婚。女手ひとつで脳性まひの障害を持つ兄(7歳年上、2008年に死去)と市川を育て上げた。そんな母の口癖は「超えられない壁はない」。市川はその言葉を常に胸に刻み、紅白を目指しどんな困難にも立ち向かってきた。
実は、昨年の紅白でも初出場が有力視されていた。昨年の出場者発表の当日の朝刊、一部新聞が“出場決定”と伝えたほど。だが出場はかなわなかった。1年間、紅白の舞台に立つことを目指し努力し、結果を出してきたが、その思いはかなわずショックで数日間は泣き続けた。そんな時にも励ましてくれたのが母だった。
実は母は、誤報となった自分の“紅白出場決定”を報じた新聞を大事に飾っていた。それを見ながら「あなた頑張ったじゃない。デビューしてから今まで、こういう形で取り上げていただいたことはないでしょう。紅白には出場できなかったけど、こうして紅白の大舞台に当確と報じられるまでなったことが、お母さんはうれしいよ」。
そんな母の温かい言葉で前を向くことができた。「来年は絶対に紅白に出場する。もう一度頑張ろう」と。
年が明け再び新曲「心かさねて」をヒットさせ、堂々と紅白切符を手にした。初出場を伝えられたのは、発表当日の午前中。仕事と言われて出向いた所属レコード会社で聞かされた。その場で泣き崩れた。すぐに母に電話で報告。母も号泣した。「母があんなに泣いたのは、兄が亡くなった時以来ですね」。昨年、超えられなかった壁を親子で一緒に乗り越えた。母は今、娘の紅白初出場を報じた新聞を大切に飾っているという。
12月11日。兄が亡くなって丸8年の命日。母と一緒に墓前に報告した。そして2人で泣いたという。悔し涙は、1年後にうれし涙に変えた。
大みそかの本番は、母そして天国の兄と一緒にステージに立ち、精いっぱい熱唱する。そんな姿に注目だ。(デイリースポーツ・栗原正史)





