故郷に恩返しを…元山の神・今井の思い

 長く険しい道のりを経て、ようやく手にした日本代表の座だった。10度目のマラソンとなった2月の東京マラソンで、日本人3年ぶりとなる2時間7分台で走り、8月の北京世界選手権のチケットを手にした今井正人(30)=トヨタ自動車九州=。順大時代、箱根駅伝の山上り5区での快走から“山の神”と呼ばれた男も、もう30歳となっていた。それでも、それも自分らしいとうなずけた。

 「やっとスタートラインに立てた。でも、これまでの10本(のマラソン)はすべて価値のあるものだったと思ってます。失敗しても、その度に前進してこれた。長く時間を掛けないとここには来れなかったんだと思う」

 マラソンでは初めて背負う日本代表の肩書き。今井は故郷への思いとともに走る。世界選手権代表が発表されたのは、3月11日。福島県南相馬市出身の今井にとって、特別な日だった。生まれ故郷を、そして実家を襲った東日本大震災からちょうど4年-。

 「自分にとって、大切な、すごく重要な日。偶然にしても…と思っていた。意識はしてました」

 4年前の3・11。南相馬の実家は津波の被害に遭い、1階部分が流されほぼ全壊。両親が、いつか記念館を作ろうと、大切に保管していた今井のトロフィーや賞状、写真…そのほとんどを失った。

 昨年8月、今井は地元で行われた陸上教室のため、南相馬の実家があった場所を訪れた。そこには何もない更地にナンバーの書いてあるプレートが立てられてあるだけだった。義理の姉の車も壊れたまま、放置されていた。両親は依然として避難先の茨城県で暮らしている。月日は経ち、確かに復興は進んでいるのかもしれない。ただ、まだまだという現実を目の当たりにした。

 「4年はあっという間といえば、あっという間だった。でも、4年経っても…というのも正直、思う部分はある」。だからこそ、この日に、自分が日の丸を背負う名誉を得たことには、何か意味があると信じている。「僕には使命があると思っています」

 “山の神”として栄光を極めた時も、マラソンランナーとして、結果が出ない時も、いつも故郷の声援は温かかった。九州に拠点を置く中、被災から立ち上がろうとする故郷の人たちの姿に、自分自身も勇気をもらった。被災地のために-といわれるのは本意ではない。「支えてもらったのは自分」。だからこれは恩返しだ。

 「僕には結果を残すことしかできない。そして皆さんに見ていただくことしか。(メディアに)1行でも1文字でも多く出してもらえる走りをしたい。それは、こういう立場でしかできないことだから」

 世界選手権、そしてその先の16年リオデジャネイロ五輪へ-。マラソンランナー今井正人は、特別な思いとともに、世界の頂へ挑む。

(デイリースポーツ・大上謙吾)

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