なでしこ佐々木則夫監督が退任を表明
「サッカー女子・リオデジャネイロ五輪アジア最終予選、日本1-0北朝鮮」(9日、キンチョウスタジアム)
2勝1分け2敗で今回の予選を終え、リオ五輪出場を逃した佐々木則夫監督(57)は試合後の会見で、「責任を取らなきゃいけない思いはある。責任を取ったからどうのこうのじゃなく、次の将来につながる方向性であれば、ということを踏まえて、本当にありがとうございました」と、事実上、退任を表明した。
初戦のオーストラリア戦で敗れ、歯車が狂ったまま4戦目のベトナム戦を前にリオ五輪出場が消滅した。「初戦から勢いを出してあげられなかった」と謝罪した指揮官は「これを退任するどうのこうので、女子サッカーのリオに向けての失敗は許されるものじゃないと思うが、(選手)前を向いて、次につながる試合をやってくれた」と、自分の責任の重さと強調すると同時に、最後まで戦い抜いた選手をねぎらった。
佐々木監督は大宮の監督、強化・普及部長などを経て、06年1月1日から日本女子代表のコーチとU-17日本女子代表の監督に就任。07年からU-20日本女子代表監督を務めた。同年12月に日本女子代表監督に就任した。
08年2月、最初に出場した大会となった東アジア杯で優勝し、初タイトルを獲得。同年の北京五輪では4位に入った。そして、11年のW杯ドイツ大会で決勝で米国をPK戦の末に破り、初優勝を果たした。
その後もなでしこジャパンの強化に尽力し、12年のロンドン五輪で銀メダル、15年のW杯カナダ大会でも準優勝にチームを導いた。
選手のモチベーション向上で特に手腕を発揮し、ドラマチックな試合を演出することから「スピルバーグ・ノリオ」を自任するなど、チームに物語性を持たせることを得意としていた。
ただ、意欲的に取り組んでいた世代交代については、思うように進められなかった。今回の予選も、直前の合宿で若手選手をテストしながらも、最終的には実績のあるメンバーを選んだ。