持ち帰った土「その後」松坂の家には…
21日に第87回選抜高校野球大会が開幕する甲子園。頂点に立てるのは、春も夏もわずか1校だけだ。夢破れた敗者たちは、数多くの思い出とともに「甲子園の土」を持ち帰る。球児たちが持ち帰った土はその後どうなったのか-。「甲子園の土」にまつわる物語を追った。
憧れの舞台でプレーした多くの球児が持ち帰った甲子園の土。母校のグラウンドにまく、個人で保管する-など「その後」もさまざまだ。そこで現在活躍するプロ野球選手たちに、甲子園の土について聞いてみた。
1998年に横浜のエースとして春夏連覇を達成し、甲子園無敗を誇ったソフトバンク・松坂大輔投手(34)は「僕は持ってないです。執着がないんで」と笑う。頼まれて持ち帰ったが、親戚や友達などに全部配り、手元には残さなかったという。
2010年に興南(沖縄)で春夏連覇したソフトバンク・島袋洋奨投手(22)は、連覇後に初めて土を持ち帰った。2年時も春夏出場して敗れたが、監督の「負けて注目されるのは見苦しい」という方針があり、3年時に勝ち続けて土を手にした。現在は小瓶に入れ、実家のテレビ横に置いている。
05年春に神村学園(鹿児島)で準優勝した西武・野上亮磨投手(27)は、チーム全員で土は拾わなかった。決意の表れだったが、夏は鹿児島大会決勝で敗退。春は「投手だけに関係者がマウンドの土を小瓶に入れたものをくれた」ため、チーム唯一のお宝持ちとなった。
おしゃれなのは、帝京(東京)の4番として活躍したソフトバンク・中村晃外野手(25)だ。スパイク袋に半分の量を持ち帰って、砂時計に加工。中学時代の恩師ら数人にお礼として配った。ちなみに「自分の家に残っているかは知りません」という。
意外に少ない「母校のグラウンド」派は、西武・宮地克彦1軍打撃コーチ(43)。尽誠学園(香川)のエースとして、89年夏に4強。「土は小瓶に入れて両親にあげて、残りの土はグラウンドにまきました」。世代によって、土の「その後」も違ってくるようだ。





