神様に感謝する出逢い
【9月29日】
もう、あんなドラマは生まれない。そのひとつが『北の国から』だと僕は思っている。この名作を手がけた脚本家・倉本聰の訃報に触れ、一時代が終わった寂しさがつのる。
80年代、富良野を舞台にした倉本作品を見るのが楽しみだった。黒板純の幼心を自分に重ねたのは、彼を演じる吉岡秀隆が僕と同い年だったから。
きのう吉岡は所属事務所の公式サイトを通じ「倉本先生と出会えたこと、神様に感謝します。」と発信した。短いメッセージに込められた目いっぱいの敬意。心、打たれる。
この仕事を始めてから、家族とともに富良野のロケ地をたずねた。20余年前の回想をめぐらせながら、そこで暮らした黒板ファミリー、五郎と純、蛍のやりとりを懐かしんだわけだが、中でも思い出深いのは、ラーメン屋で純が涙ながらに自白した悔恨のシーン。
「父さん、実は僕…。卑怯者で…」
唇を震わしていた記憶がわずかながらにある。何か事故につながった隠し事を純が五郎に侘びる。なんて純粋な子…。そうやって名作を評伝すれば、当欄のスペースがなくなりそうだ。
倉本作品と我らが猛虎を結びつけるものは思いつかないが、純のように純な心といえば、想起する若虎がいる。
実は…と、過去の悔恨を切り出す、その告白には勇気がいる。その男はきっと、この先何も言わないままタテジマのユニホームを脱ぐのだと思う。
この日、阪神は6選手に来季の契約を結ばないことを通達した。いずれも育成選手だったが、その一人、伊藤稜には個人的に強い思い入れがある。といっても年齢は二回りも違うし、深い繋がりがあったわけでもない。ただ彼の純粋な人柄と、粋な投げっぷりに惹かれ、復活を願った取材者…というだけ。昨年でいえば、伊藤稜がウエスタン・リーグで先発すると聞いて仕事休みでナゴヤへ出向いた日もある。指に掛かったときのクロスファイアーは絶品だっただけに、やはり悔しい。
今年は指揮官藤川球児の期待も膨らみ、2月は宜野座キャンプスタート。「良かったね」。年始、そう声を掛けると、「頑張ります」。左腕は笑みをこぼしていたが、心なしか元気がないようにも見えた。
共通の知り合いが国内屈指の治療家だった。にもかかわらず僕は伊藤稜の左肩が悲鳴を上げていることを知らなかった。先日手術の発表があったが、彼が僕に「実は…」と明かすことはなかった。無理が仇に?いや、それだけは違う。育成入団の5年目。今思えば指揮官の期待に応えるべく「奇跡」にかけたんだと思う。
時期は控えるが、練習休日に伊藤稜と大阪・鶴橋で待ち合わせ、焼き肉を囲んだ夜があった。
気持ちを許せる選手はいるの?
そう聞けば、彼は「高橋遥人」の名を挙げた。ハルトとはトミー・ジョン手術明けの「同志」であり、オフに一緒に温泉へ出かける間柄。自分の分まで…伊藤稜は大切な僚友の歓喜の瞬間を待ちわびる。神様にその出逢いを感謝しながら…。=敬称略=
