福留の「無」を懐かしむ夜
【9月18日】
無回転の打球がショートを襲った。九回1死の守りである。リードはわずかに1点。カープ菊池涼介が工藤泰成のカットボールを叩いた打球を熊谷敬宥がはじくと、悲鳴が響いた。
それでも熊谷はこぼした白球を冷静に掴みとって、一塁へ。ショートバウンドになったが、これを大山悠輔がしっかり捕ってアウトにした。
試合後の通路で汗を拭った熊谷が苦笑いしていたので、僕は言った。
キクは、わざとあんな打球を打ったんじゃない?わざとは無理か…。
「びっくりしましたよ」
熊谷は「やられました…」という面持ちでクラブハウスへ引きあげた。
あんな打球のノックはない。つまり練習できない類いだから、飛んでくれば「無」の境地だろう。それを何とかする熊谷の名手ぶりに拍手を送る。
この夜の「無」といえば、大竹耕太郎の好投である。彼の真骨頂でもあるスローボールが甲子園を沸かせたわけだけど、ここ数試合投げていなかったので、その理由を聞けば、フォーム的な思惑も「あった」。1週間ほど前に本人がそう話していた。そもそも、あの遅球は「無」で投げると彼は言う。こういうときに投げるんですよ、というものじゃない。相手に悟られないためにも「無」である必要があるのだ。
鯉料理は、制球、緩急、ともに申し分なかったが、一つだけ気になったことがあったので、本人が虎番の取材を受けた後に確かめてみた。
7イニングで一度だけ、マウンドを降りて、ジェスチャーを交えながら伏見寅威に確認したシーンがあった。
五回1死。佐々木泰をライトへのライナーに打ち取ったあとだ。あれは何を確かめていたのか?大竹は言う。
「パンっと振られたときって、意外と自分では、どこに投げたか分からなくなることがあるんですよ。どのへんに投げて、あそこへ打たれたのか。甘かったのか。いいところだったのか。その確認でした」
あの打球、記者席からは「あっ」と思った。が、芯は食っていても飛距離は出ていなかった。伏見から「コースも高さも間違えていない」ことを確認し、ある意味「無」になった状態からリセットしてもらったというのだ。
もう一つ、「無」つながりで思い出深い話を書けば、甲子園へ来る前に福留孝介に会ったことで連想が膨らむ。
芦屋市内のホテル、その地下駐車場でレジェンドとばったり出くわした。
「風さん、どうしたんですか?」
ちょっと、大事な取材で…
かつてこのホテルで「福留会」を主催したことがあった。彼と会って懐かしくなったわけだが、その夜、僕は第1回WBCの韓国戦で放った代打決勝弾の話を振った。日本列島を沸かした一撃について、あの打席はさすがに緊張した?と聞けば、福留は言った。
「意外と冷静で…。無でしたよ」
「無」は強し、なのだ。
巨人も勝った。残り14試合、マジックは12…。いや、数字も相手も見ないでおく。無の境地で前へ。=敬称略=
