限界の先が見えた幕張の夜
【5月29日】
そうか。千葉の風太くん、22歳になったのか…。後肢2本で立つレッサーパンダが一世を風靡したのは05年。あの年、せっかく幕張まで来たのだからと見に行ったのが懐かしい。
あれから21年が経った。この日、米国ジョージア州のアトランタ動物園に中国からパンダが貸与されるというニュースに触れ、そういえば日本には今「白黒のパンダ」が一頭もいなくなったのか…なんて考えながら、ふと風太の顔が思い浮かんだというわけだ。
千葉市動物公園のレッサーパンダが社会現象になった年は、千葉ロッテが日本一になったシーズンでもある。
05年といえば、交流戦元年。ボビー・バレンタイン率いる幕張の軍は春から強く、阪神もビジターの初戦と2戦目に連敗。強風のマリンスタジアムに苦労させられた記憶ばかり残る。
しかし、3戦目は背番号29が9回、126球。井川慶の無四球完封勝利が忘れられない。懐かしいデイリーの紙面で振り返れば、あの試合の後、井川はこんなコメントを残していた。
「ロッテとはやったことがなかったので有利かな、と思っていました」
対戦のなかったパ・リーグとのマッチアップをプラスに捉えた当時のエースが頼もしかった。
さて、こちら今の背番号29はその頼もしさが井川を超えるかもしれない。直球もツーシームもスライダーもカットもチェンジアップも全て一級品。攻撃陣が内野ゴロによる1点に封じられた夜だけど、そこで勝ちきる高橋遥人の価値が一層高まるのだ。
走者を出しても動じない遥人だからこそ、あまり見ないシーンに目を奪われた。この日一番痺れた八回のピンチである。2死一、三塁でパ・リーグ首位打者の小川龍成を迎えた場面。カウント0-2と追い込んでからの3球目がワンバンになった。え??と思ったら球速表示は151キロ。遥人のまっすぐがワンバウンド…あまり記憶にない。ゲームを振り返れば、小川は初回先頭初球に死球を当てた相手。1-0で勝ちきるにはここしかない正念場。めいっぱい力んだ。僕の目にはそう映った。結果、最後はツーシームでセカンドゴロに封じ「0」でマウンドを降りたわけだが、試合後、あのシーンを問われた遥人は「うれしかった」と言ったそうだ。「抑える次に意識するのは球速なので…」とも。そして「自分の限界の先がまだあるんじゃないかって思える1球になった」。この幕張のマウンドはきっと忘れられないものになる。そして、忘れちゃいけないのが走者三塁で伏見寅威があの151キロのワンバンをストップしたこと。球速もマックスなら難易度もマックスだったと思う。アッパレなバッテリーだ。
そういえば、再来月23歳になる千葉市動物園の人気者は人間でいえば100歳近いという。聞けば、レッサーパンダの平均寿命は15年ほど。風太は超異例の長寿ということだ。
長く故障に悩まされた遥人がキャリアハイの6勝目を挙げた。「限界のまだ先」を見た30歳。ここから異次元の長寿ぶりを見守りたい。=敬称略=
