TとGの「八艘飛び」

 【4月16日】

 甲子園で「牛若丸」を探した。身軽に飛び回るたとえとして「義経の八艘(はっそう)飛び」があるが、かつて名手・吉田義男がそう呼ばれた。この夜のそれは、TG両軍に…。

 それぞれ、試合の分岐である。

 まずは阪神が1点を追う四回だ。森下翔太、大山悠輔の連打で無死一、二塁の好機を作り、佐藤輝明三振の後、続くS・ノイジーが放ったライト前へ落ちるかという打球を吉川尚輝がダイビングキャッチ。二塁走者の森下が飛び出し、併殺を取られた。4番復帰した大山が〓(U+7E6B)いだ局面だけに何とか得点に繋げたかったが、半端ない「八艘飛び」を見せつけられた格好だ。

 先日、大阪梅田で開催された『阪神タイガース実況CDマガジン』創刊の記者会見をのぞいてきた。そこでゲスト出演したのが虎の牛若丸。日本一監督の吉田義男が語る「39年前の岡田彰布」が興味深かった。

 「岡田は85年はセカンドで活躍したんですけど、前年までは股関節を痛めていて外野を守っていたんです」

 「ライト岡田」を知るファンも少なくなった。岡田といえば内野の名手。日本一の85年にダイヤモンドグラブ賞(現三井ゴールデン・グラブ賞)を獲ったのもセカンドだった。

 が、84年はライトを守っていた。当時、脚部の故障で内野を守れなくなっていたのだ。それでも、岡田の内野復帰にこだわったのが、85年に自身二度目の監督に就任した吉田だった。

 「あの年はセンターラインの確立をチーム強化の方針に決めましてね。やっぱり岡田は外野じゃなく内野手ですから。『もう一回挑戦するか?』と岡田に聞いたら『挑戦する』というのでカムバックさせました。それで真弓に『外野へいってくれるか?』と言ったら喜んで『外野へ行きます』と。で、平田をショートに。キャッチャーに3年目の木戸を思い切ってレギュラーにしたんです。当時は、やや投手力が弱かったんですけど、それをセンターラインでカバーしましてね…」

 野球は守り。吉田野球のDNAを継承する岡田にとって「打ち合い」よりも、守備力で投手戦を制する戦いが本望…かもしれない。そういう意味では「二遊間のTG戦」も今季の見どころであり、この夜の吉川の華麗な守備は敵ながら天晴れ…。

 と書きながら、虎の「八艘飛び」を探せば、七回である。先頭のノイジーが左前打で出塁すると、岡田から代走に指名された植田海が魅せた。坂本の犠打で1死二塁となり、木浪の投ゴロで飛び出して挟まれたが、ここからが真骨頂。プロ野球の挟殺プレーでセーフになることなんてほぼ見られない。が、植田の快足と嫌らしい動きがGの内野陣をかく乱し、野選を誘い1死二、三塁と好機拡大。代打糸原健斗の犠飛で同点のホームをヘッドスライディングでもぎ取った。ああ気持ちいい。  きょう4月17日は「バックスクリーン3連発」の記念日。85年の「強打」が胸に甦るけれど、「守」と「走」の尊さをあらためて知る夜である。=敬称略=

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