大山が岡田を信じた日
【11月5日】
なぜ、阪神タイガースは38年ぶりに日本一になれたのか。そう問われれば、いくつか理由が思い浮かぶ。が、僕が考えるその一番を書けば、それは、監督と4番の絆が強固だったからではないか。
岡田彰布が大山悠輔を4番に決めたのは昨秋の安芸キャンプである。選手間の空気を察した指揮官は「このチームでは、大山を4番にしないといけないなというのが見えた」。そう語っていた。
「皆が見ている(大山の)姿勢を見て、やっぱり大山かなあというのはキャンプで見えたよな」
求心力のある中心選手と、指揮官。この両者の相性が噛み合わなければ、チームの空気は澱む。長年プロ野球を取材してきて、これは間違いないと言い切れる。
新監督就任の当初、そのあたりどうかなと案じていると、前述のように岡田がまず大山を認めた。周囲の空気がそうさせた…といっていいのかもしれない。では逆に「主砲から見た監督」はどうだったのか。昨秋キャンプの後、大山本人に直接聞いた話がある。
「こわっ…て、思ったんです」
新監督との距離をはかる安芸キャンプの序盤、大山のみならず、選手、コーチ陣がゾクッとなった実戦練習のワンシーンがあった。
守備の想定は無死一、二塁。ライトへフライが上がり、二塁走者はタッチアップで三塁を狙う-。そんなシチュエーションなら、セオリーは二塁手、遊撃手がトレーラーに入り、どちらかが二塁ベースをカバーする。そこで岡田の指示が飛んだ。大山は述懐する。
「監督が『ピッチャー、入れ』と言ったんですよ」
通常、投手はサードのカバー、バックアップに入るものだが、岡田は「遊撃手、二塁手がカットプレーに入り、投手がそのカバーに絡むよう」指示したのだ。その際グラウンドに居た者は「え…」という顔をした。しかし、その指示が飛んだ直後のプレーで、大山を含む全てがもう一度「え…」という表情を浮かべることになった。
「入れ」と指示された投手、及川雅貴のもとに右翼手からのカットプレーの送球が転がり、一塁走者をアウトにしたのだ。この種の守備連係で岡田は「打者走者含め後ろの走者を進めたくない」。その為の最善は何か。新監督は「セオリーを疑うこと」を示した。定石を「無視する」のではない。疑ってみるのだ。
阪神OBの一人として岡田の取材に応じたことはあった大山だが本質まで知る由もなかった。ただ岡田を知る古株の関係者からこんな逸話だけは耳にしていた。
「岡田さんが言ったことは全部当たるよ。代打にしても、全部、当たる」
安芸のあのワンシーンでその一端を初めて実体験した大山は「ゾクっ」とした。岡田に対するファースト・インプレッションはインパクトが半端なかった。あれから一年。指揮官と主砲の絆は強固になり、頂上決戦の最後まで崩れることはなかった。虎は強いはずである。日本一の美酒に酔いしれるその絆に乾杯…。=敬称略=