送りバントのトリセツ

 【3月30日】

 矢野燿大は手を叩いていた。1点を追う七回1死。右線への安打で二塁を狙った佐藤輝明がタッチアウトになった場面である。ベンチへ下がる怪物ルーキーに視線を送り、明らかに拍手していた。

 さすが、鈴木誠也。そんなシーンだった。抜けそうな打球をスライディングで止め、即座に二塁へストライク送球。ヘッドスライディングの佐藤を寸前で刺した。

 見る者によってこのプレーの切り口は様々あるだろうけど、僕は「たられば」で書いてみる。

 佐藤の積極走塁には拍手。それを前提に語るけれど、もし佐藤が一塁で止まっていたら、矢野はどんな策を講じただろうか。

 一点を追う七回1死一塁で打席に梅野隆太郎。1点勝負の終盤。しかも、延長戦のないシーズンである。得点圏へ走者を進めるため昨季阪神で最も多く犠打を決めた梅野にバントを命じ、確実に2死二塁の局面をつくって代打・陽川尚将…いや、梅ちゃんの打席で俊足の走者(=佐藤)を動かすタクトだったか。いやいや、あそこは…そんなことを考えながら試合を見るのもおもしろい。

 カープとの21年シーズン初戦は大方の予想通り、息詰まる投手戦になった。新人王の森下暢仁はボカスカ打てる相手ではない。まして、昨季の虎は森下に4試合で3敗、勝ち無し。西勇輝との投げ合いを踏まえれば、3点以内の決着が両軍ベンチの想定だったはず。

 そして…結果は0-1。

 ひとつのバントが試合を決するゲームになった。

 0-0の六回、カープは森下の代打A・メヒアがヒットで出ると田中広輔に犠打を命じ、1死二塁の好機をつくって菊池涼介のタイムリーが生まれた。一方の阪神は八回、同じように西の代打・原口文仁が内野安打で出塁すると、近本光司に犠打を命じ1死二塁の同点機をつくったが、後続が絶たれた。1点勝負の見応えがあった。

 実は、昨季セ・リーグで最も犠打が多かったのが阪神、そして2番目がカープだった。

 今季のTとCは開幕カードでそれぞれ1犠打。この夜の試合で決めたバントが両軍にとって2つ目の犠打になった。ここまでリーグ最多6本塁打の阪神と2本塁打のカープ。矢野、佐々岡両監督が自軍の長打力とバントをどう駆使し選手がどう応えるか。そんな楽しみが膨らんだゲームになった。

 それにしても、カープのルーキーも素晴らしいことがよく分かった。栗林良吏はもちろん、森下の次に出てきた中継ぎの森浦大輔である。この左腕は、厄介になる。

 森浦といえば、天理高出身だけど今春のセンバツ大会で4強に勝ちあがった天理の監督・中村良二は元阪神選手…そして、バントを好まない指導者だとよく聞く。

 「僕の恩師もそういう野球をさせてくれたので、僕もできる限り選手を信じて、よっぽどのことがない限りはフリーで…」。中村は準決勝進出を決めた甲子園でそう語ったそうだ。舞台は違えど、バントのトリセツはプロも高校野球も勝負の肝になる。=敬称略=

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