阪神・下村 ヤクルト石川の金言を胸に 青学大の大先輩「スーパースター」から「この言葉は意外でした」
阪神の下村海翔投手(24)が4日、今季限りでの引退を表明したヤクルト・石川から授かった金言を明かした。左腕は青学大の大先輩で、幼少期からの憧れの存在でもあった。大学時代には対談も経験しており、右腕が感じた石川の意外な素顔なども振り返った。
一報を耳にした下村は寂しそうに憧憬(しょうけい)の思いを語った。「野球界でもスーパースター。一緒に投げ合ってみたいピッチャーの一人でした。かなわなくて、それが心残りです」。慎重に紡ぐ言葉の端々に、リスペクトがにじんだ。
初めて顔を合わせたのは青学大4年時。2023年のドラフト会議で阪神から1位指名を受けた後、同大の企画としてヤクルトのクラブハウスで広島から同1位指名を受けた常広とともに、対談の機会に恵まれた。その際、最も印象的だった言葉が今も胸に残る。
「困ったときにどれだけストライクを投げ込めるか。結局ストライクを投げ込めるピッチャーが生き残る」
ハッとさせられた。
「プロ野球にはとんでもなく球が速いやつもいる。極論ストライクが入らずに自分からカウントを崩したら打たれる」
甘い球を投げろと言っているわけはではない。絶体絶命のピンチではそれくらいの割り切りも必要だということ。「今でも生きていると思います」。下村にとって、忘れ得ぬ記憶となった。
天性の負けず嫌いでもある下村。当時からライバルだった常広に闘志を燃やしていた。「ツネ(常広)が球速いと、それだけ注目されて、全部が全部勝とうとしちゃってて、どうしたらいいですか」と質問した。石川の答えはこうだ。
「僕も速い球を投げたい。もちろんそれも武器だが、それが全部ではない自分の生きるやり方を探せばいい」
球速への憧れは捨てずとも、制球力を武器に25年間を戦い抜いた石川は生きる教材だった。「この言葉は意外でした。救いにもなりました」と感謝した。
24年4月。トミー・ジョン手術を受け、リハビリ中だった下村の携帯が鳴った。石川から激励のラインだった。「ここからまだまだ。しっかり治して」。暗闇でもがくような日々に「すごいうれしかった」と一筋の光が差した。プロ1年目での大きな決断を肯定されたような気持ちになった。
「僕が生まれたタイミングでプロ入りされているので、とんでもないですよ。今まで生きてきた人生分、この世界で戦っている」。174センチとプロ野球選手として決して大きくはない下村。だからこそ、小さな大投手の影が右腕の指針となる。
