安仁屋氏 小山氏は「僕の恩人。感謝しかない」 支えられた阪神移籍時→最優秀防御率とカムバック賞
元阪神投手の小山正明(こやま・まさあき)さんが18日午前11時20分、心不全のため死去した。90歳だった。デイリースポーツ評論家の安仁屋宗八氏(80)が、NPB歴代3位の通算320勝を挙げたレジェンド右腕との別れを惜しんだ。
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小山さんが亡くなったというニュースを聞いて言葉を失った。
小山さんは僕にとって恩人であり、感謝しかない。初めて会ったのは僕がプロになって3年目のころ。オープン戦で東京(現ロッテ)と対戦した時に小山さんが「沖縄から入ったのが君か。頑張りなさい」と声をかけてくれた。とにかくフォームがきれいな投手。力みの抜けた柔らかいフォームからパームを投げていたのが印象的だった。勢いだけで全力で投げていた僕には到底、マネができない投げ方で、あこがれの存在だった。
広島から阪神に移籍した1975年、当時、投手コーチを務めていたのが小山さんだった。新しいチームに来て右も左も分からず、やっていけるか不安しかなかったが、小山さんがすごく気にかけてくれて、よく食事にも誘ってもらった。野球に関することは何も言われず、伸び伸びとプレーできた。その年、最優秀防御率とカムバック賞を受賞できたのは小山さんと監督だった吉田(義男)さんのおかげ。人柄は一言でいうと最高な人。いつも穏やかで威張ることもない。教え方も優しく、怒ったところは見たことがなかった。
ユニホームを脱いだ後は、小山さんも僕もデイリースポーツの評論家になった。シーズン中はほとんど会う機会はなかったけど、楽しみだったのがデイリーの評論家が一堂に集まる忘年会だった。僕はいつも席を小山さんの横にしてもらって昔話に花を咲かせた。コロナ禍以降、忘年会も自粛となり、最後に話したのは2年ぐらい前。僕の方から「お元気ですか」と電話した。東京で娘さん夫婦と一緒に暮らしているということを聞いてちょっと安心した。「また会いましょう」と約束したが、それがかなわなかったのが悲しい。天国では大好きな釣りを思う存分楽しんでください。本当にありがとうございました。
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