阪神OB三宅秀史氏が死去 700戦連続フルイニング元祖虎の鉄人

 軽快な動きを見せる三宅秀史氏=1962年8月
 巨人・王貞治(右)と話す阪神・三宅秀史
 病院スタッフに囲まれ、談笑する三宅秀史さん=04年
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 阪神は5日、球団OBの三宅秀史氏が3日に心不全のため、三重県内の病院で死去したことを発表した。86歳だった。岡山県出身。南海高(現・倉敷鷲羽高)から1953年に阪神に入団し、三塁手として活躍。守備の名手としてだけではなく、700試合連続フルイニング出場などの記録も残した。引退後は阪神で2軍監督などを務めた。通夜、告別式は近親者のみで執り行われた。

 昭和の猛虎を鉄壁の守備で支えた名手がこの世を去った。主に三塁を守った三宅氏は、二塁・鎌田実、遊撃・吉田義男とともに伝説となった「100万ドルの内野陣」を形成。巨人・川上哲治が「うちの長嶋と広岡の三遊間と阪神の2人(三宅-吉田)と比べたら?そりゃあ、阪神のコンビだよ」と評したという逸話が残るほど、希代のプレーヤーだった。

 三宅氏は初代ミスタータイガースと称された藤村富美男の後釜として期待され、阪神に入団。1年目から1軍で23試合に出場し、3年目から三塁のレギュラーに定着した。5年目にはオールスター出場、ベストナイン獲得など輝かしい実績を積み重ねていった。

 俊足、強肩に加え1958年からは5年連続で2桁本塁打をマークするなど、思い切りのいいスイングに加えスマートな顔立ちも人気を博す要因に。700試合連続フルイニング出場は、2004年に金本が更新するまでプロ野球記録だった。

 現役引退後はコーチを歴任し、阪神で2軍監督も務めた。三遊間を組んだ吉田義男氏が野球フランス代表監督を務めた際には、コーチとして異国での活動を支えた。

 後年は肝臓がんを患い生体肝移植を受けるなど、病とも闘いながら余生を過ごしていた三宅氏。基本に忠実な守備で虎のホットコーナーを守り抜いた名手の姿はきっと、後世まで語り継がれていく。

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