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元阪神・鎌田実氏死去 日本初バックトス&ジャンピングスローの名手

 逆転優勝に欠かせぬ鎌田実(阪神)=1970(昭和45)年10月
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 阪神OBで名二塁手としてタイガースの一時代を築いた鎌田実さんが1日午前9時30分に兵庫県芦屋市内の病院で亡くなっていたことが2日、分かった。享年80。今年5月に肺がんが見つかり、闘病生活を続けていた。ショート・吉田義男との名コンビで多くの虎党を魅了した“職人”。引退後はデイリースポーツ評論家を務めていた。葬儀・告別式は親族のみで執り行われる。

 阪神の球団史に名を残す名コンビだった。二塁・鎌田実、遊撃・吉田義男。互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、技を磨いた。その華麗な守備は、ファンはもちろん、他球団の選手からも一目置かれていた。

 試合前のスタンドから歓声が上がる。三塁・三宅秀史の強肩、牛若丸・吉田の俊敏な動き、鎌田実のジャンピングスロー。シートノックだけでお金が取れる、と言われたほど。当時の鉄壁内野陣は、タイガースの誇りでもあった。

 メジャー選手を参考に習得したという「バックハンドトス」は、当時の日本では見られないプレーだった。一、二塁間の中間付近へのゴロで併殺を取るには有効だったが、捕球してからのスピードについてこられるのは、吉田さんぐらい。

 近鉄に移籍した時には、三原脩監督から「うちのショートは誰も捕れないから」とバックトス禁止令が出されたほど。鎌田さんは「吉田さんのレベルがいかに高かったかが分かった」と語っていた。

 阪神-近鉄-阪神での現役生活は16年。引退後は主に評論活動でプロ野球界と関わってきた。デイリースポーツ評論家としては、理論に裏打ちされた評論「鎌田実のジャンピングスロー」が好評を博した。サンテレビの解説者も務め、辛口でもあり、優しくもある流ちょうな語り口が、今もオールドファンの耳には残っている。

 近年はアマチュアの指導に力を入れていた。生まれ故郷の兵庫・淡路島の野球グラウンド建設に尽力(03年開場)、中学生を対象にした硬式野球部「KB(鎌田ボール)クラブ」を立ち上げた。神戸大学海事科学部野球部監督に就任、芦屋市内の少年野球の指導も続けていたが、今年5月にがんが見つかり、7月になって入院。1日朝に息を引き取った。

 現役時代は無口だったというが、近年は野球のことを話し出すと止まらない好々爺(や)。「学生たちの吸収力はすごいですよ」と目を細める一方で、プロの試合を見ては「こちらがうなるような、ほんとにうまい守備をする選手が、おらんですなあ」とこぼすことが多かった。

 誰よりも野球を愛し、野球とともに生き続けた80年だった。

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