ドラ3木浪 母・忍さん独占手記 ここからが聖也のスタート

7回、中前へプロ初安打を放った木浪はガッツポーズを見せる(撮影・田中太一)
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 「阪神4-9中日」(12日、甲子園球場)

 渾身のガッツポーズに思いが凝縮されていた。阪神ドラフト3位の木浪聖也内野手(24)=ホンダ=が七回、代打でプロ初安打となる中前打。オープン戦で球団新人最多となる22安打を放っていたルーキーから、通算18打席目に生まれた記念の一本。母・忍さんがデイリースポーツに独占手記を寄せた。

 プロ初安打おめでとう。テレビを見ながら、今日は初安打が出るかなと予感していました。打った瞬間は親父(木浪の父・弘二さん)とハイタッチ。ホッとしていますが、ここからが聖也のスタートだと思います。まだまだ表情が硬いので、もっと笑顔でやらないとね。

 振り返ればドラフト当日は、指名されるかも…いや、まだわからない。そんな状態だったから、親父と2人でひっそりとテレビの前で見ていました。名前が読み上げられた時は大声で泣き叫び、直後に電話やLINEの嵐。2人そろって200件以上のお祝いメッセージを受け取って、親父は朝の3時まで返信したんだよ(笑)。

 どんな時も弱音を吐かない子でしたね。3歳の頃に私が掃除機をかけていると、気を引こうとしてベッドの上でジャンプ。「うるさい!」って怒っても、言うことを聞かずにジャンプした時に、バランスを崩してテレビ台に頭をぶつけて流血。すぐに救急病院に連れていって、親父に電話で知らせると…「聖也はこれから野球やって坊主になるんだから、絶対縫ってはダメ!!」って。心配はそこか?って思いました。

 腹立たしく思いながらも、病院の先生に伝えると「お母さん、バカなこと言っちゃいけません」と。その場で患部に麻酔もせず8針縫いました。その間、聖也はずっと私の腕を握りしめて、ひとつも泣くことはありませんでした。処置が終わって看護師さんに褒められると、やっと大声で泣き叫んだのを今でも覚えています。

 亜大時代に右手を骨折した時は、生田監督の素早い対応で名医がいる苫小牧の病院を紹介されました。『来なくても大丈夫』と言う聖也には内緒で嵐の中、八戸からフェリーで私一人で向かいました。海が荒れていて死ぬかと思いました(笑)。病室で対面した時のうれしそうな聖也の顔は今でも覚えています。生田監督には感謝しています。

 プロの世界は厳しいと誰もが言います。でも、厳しくない仕事なんてありません。自分の大好きな野球が仕事になったんだから、思いっきりプレーして、みんなをワクワクさせるような選手になってね。

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