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ドラ1近本“感謝を闘志に”生後2カ月で被災…淡路島出身1・17の誓い

練習前、黙とうを捧げる(左から)谷本球団本部長、揚塩球団社長、近本ら選手(撮影・田中太一)
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 阪神のドラフト1位・近本光司外野手(24)=大阪ガス=が17日、新人合同自主トレが行われた兵庫県西宮市の鳴尾浜球場で、阪神・淡路大震災の被災者へ黙とうをささげた。地元は旧北淡町(現淡路市)から約10キロ離れた淡路市久留麻で、生後2カ月の時に被災。野球ができる喜びを改めて実感したルーキーは、決して風化させない思いを口にした。練習では初の外野ノックを先輩の高山らと受け、レギュラー争いへ闘志を燃やした。

 静かに目を閉じ、被災者へ鎮魂の祈りをささげた。午前9時56分から約1分間の黙とう。淡路島で生まれ育った近本は「生後2カ月で覚えていない」と明かしたが、「周りの人や先輩から話を聞いてすごい震災と。1月になると震災を思い出す」。神妙な面持ちで言葉を発した。

 家族からも震災の恐ろしさを伝え聞かされていた。「兄がちょうど寝ていたところにタンスが倒れてきたというのを聞いた。少しずれてたら命も危なかった」。自身は別の部屋にいて難を逃れたと言うが、5歳上の長男・真一さんが危険だったと明かす顔には、緊迫感が漂っていた。

 小学生の時に2回、震源に近い旧北淡町の北淡震災記念公園を訪問。断層の地割れを目の当たりにし「自分の想像以上の地割れだった」と言う。以来、近本少年の心に震災の光景が強く刻み込まれた。決して、風化させてはいけないことを自身は理解している。

 「あの時、僕たちのところが震源だったら今のように野球ができていたか分からないし、実際生活も変わっていた。今の自分があるのはあのときしっかり生きることができたからかなと思います」

 24年の時を経て、自身はプロ野球選手に。小学2年から野球を始め、今もなお、白球を追いかける日々は続く。野球ができる感謝を胸に抱いて-。「(プロの世界で)自分の力を発揮できるように」。全力で野球に励む理由が、生後2カ月の時に襲った震災にある。

 この日は、初めて鳴尾浜で外野守備に就き、ノックを受けた。1球1球持ち味の快足を飛ばして全力で白球を追いかけた。吹き付ける強い風にも「甲子園でも風が強く浜風が吹いている時は、今日のような風だと思うので、イメージして」と聖地でのポジショニングを想定したと言う。

 定位置を争う高山や江越らと共にノックを受け「1歩目から落下地点までがしっかり走れている」と先輩野手の動きも観察。実力勝負のプロだけに「力を出していかないと」と語った近本。絶対に忘れられない日に、新たな誓いを抱いた。

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