【阪神ドラフト選手紹介・湯浅京己(上)】体操、ピアノ…全ては野球のために

 今秋のドラフト会議で阪神から指名を受けた7選手(1~6位、育成1位)を紹介。今回はドラフト6位・湯浅京己投手(19)=BC富山=に迫る。

  ◇  ◇

 物心ついたときにはバットとボールを握りしめた。湯浅家の長男として誕生した京己。「家の中で遊ぶよりもとにかく外で走り回ったりするのが大好きでした。近くの公園にもよく行っていました」と母・衣子さんは振り返る。

 小さい頃から遊びといえば野球。そのように京己をとりこにしたのは、父・栄一さんだった。「立てるようになった頃からボールの投げ方などを教えたりしていました。時間さえあればキャッチボールをしていました」。経営する精肉店「ぶたふく」の仕事の合間を縫って父の指導の下、野球の基礎を築いていった。

 栄一さん自身もバリバリの野球経験者。甲子園出場こそならなかったが、社会人野球の昭和コンクリートで捕手としてプレーするなど豊富な経験を持っていた。そのため「まだ体もできていない。ケガをさせたくない」と肩肘のことを考えて小学1年生から加入できる少年野球チームへの入部は封印。土台ができるまで延期を余儀なくされた。

 小学校から帰れば、友達と野球をするというのが日課のようになっていた。しかし、休日になれば友達は少年野球へといってしまう。「僕もやりたい」と思うこともあった。一方で、父とするキャッチボールも楽しくて仕方がなかった。

 少年野球に入れない期間は柔軟性を高めるために体操教室に通い、リズム感を身につけるためにピアノを習いにいった。全ては野球をするためだ。そして待ちに待った3年後。一度も野球への情熱が色あせることはなく、小学4年になった京己は尾鷲少年野球団に入部した。

 これまでの我慢が解き放たれたように野球に打ち込んだ。みんなで野球ができる休日が来るのが待ち遠しかった。尾鷲中時代には、伊勢志摩ボーイズに所属。内野手と投手を務め、徐々に力を蓄えていった。

 「プロになるためにも強いチームで野球に打ち込みたい」。その夢をかなえるために、地元・三重を離れて福島にある聖光学院に進んだ。

 ◆湯浅アラカルト

 生まれ 1999年7月17日、三重県尾鷲市出身

 サイズ 183センチ、88キロ

 投打 右投げ右打ち

 球歴 小学4年から尾鷲少年野球団で野球を始め、尾鷲中時代は伊勢志摩ボーイズで内野手と投手。聖光学院2年で内野手から投手に転向も、甲子園でベンチ入りできず。2017年にBC富山入団

 球種 スライダー、カーブ、カットボール、フォーク

 趣味 音楽鑑賞、DVD鑑賞、釣り

 座右の銘 雲外蒼天(そうてん)

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