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【矢野燿大という男・上】憎しみ、尊敬を経て星野イズム継承者に

 阪神の第34代監督に、今季2軍監督を務めた矢野燿大氏(49)の就任が決まった。現役時代には正捕手として阪神の2度のリーグ優勝に貢献。今季は2軍監督としてファームを12年ぶりの日本一へと導いた。そんな矢野氏の素顔を、デイリースポーツ阪神担当記者が紹介する。

  ◇  ◇

 憎しみすら覚えた人が道しるべとなり、その背中を追う形になるんだから人生は分からない。

 矢野新監督の人生の転機の一つに、97年の出来事がある。90年度ドラフト2位で入団した中日から、阪神へのトレード移籍が決定。当時の中日は、故・星野仙一監督だった。

 「必要とされてないからやなと。すごくクソっと思ったから。だから星野さんを倒したいというのがモチベーションだった」

 星野監督から直接、何かを言われたわけではない。中日のスタッフから通告を受けると、ぼうぜんとしながら名古屋の街に車を走らせ、悔し涙を流した。車内からかすんで見え続けた景色のことは、今でも忘れていないという。

 運命的な「再会」は、02年のこと。タテジマの一員としてレギュラーの座を勝ち取っていた中で、星野氏が阪神監督に就任。「また一緒にやるのか、おれは信用されてないからへたしたらまたトレードに出されるのかってね」。中日を出された時を思えば、マイナスのイメージしかなかったが…。

 「星野さんの方から、いろいろと阪神のことを聞いてくれてね。歩み寄ってくださったというか」

 倒したかった人に必要とされることで、抱いていた感情にも変化が芽生えた。「阪神では認めてもらいたいと思った。胴上げをしたい、日本一の監督にしたいと思ったから」。星野監督の下、03年にリーグ優勝を経験。さらに、08年の北京五輪も共に戦った。97年を最後に切れたかと思われた糸は、たとえ見えなくても、太くつながりあっていた。

 「指導者になっても、星野さんに教えてもらったことが生きてるから。自分が意識してないところで染み込んでいる部分というのが、考えてなくて瞬間、瞬間で出るからね」

 今も生きる星野イズム。同じ思いを持った金本前監督に続き、星野氏のように、阪神の監督就任を決めた。悩みに悩んで固めた決意。「迷ったら前へ」-。言わずと知れた星野氏の名言が、背中を押してくれたのかもしれない。

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