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藤浪、活躍して震災復興シンボルになる

 阪神のドラフト1位・藤浪晋太郎投手(18)=大阪桐蔭=が阪神・淡路大震災から18年となった17日、被災地に向かって黙とうした。自らの活躍で被災地の“復興のシンボル”となることを誓った藤浪は、将来的な社会貢献活動にも関心を示した。

 阪神・淡路大震災から18年。ルーキー・藤浪が被災地の“復興のシンボル”となる。「甲子園のある兵庫県や大阪を盛り上げられる選手になりたいです」と、自らの活躍で関西を盛り上げることを誓った。

 練習前、選手たちは列をつくり、被災地に向かって黙とうした。大阪出身の藤浪も神妙な表情で目を閉じた。阪神・淡路大震災が起こった1995年1月17日。1994年4月生まれの藤浪はまだ9カ月の赤ちゃんだった。父・晋さんからは「遠くの方で大きな音がした」と当時の様子を聞かされたが、直接的な記憶はない。

 「自分はまだ1歳になっていなかったので覚えていないのですが、この前の東日本大震災で地震の悲惨さを見ました」

 藤浪に強烈な印象を残したのは2年前の11年3月11日に発生した東日本大震災だった。当時、大阪桐蔭1年だった藤浪は、じかに被災したわけではない。だが震災から学んだことがある。

 「苦しんでいる人も見ましたし、自分の同世代で野球ができない人も見ました。今こうして普通に野球ができることに感謝して、被災された方、亡くなった方のご冥福をお祈りしました」

 藤浪は大好きな野球ができる喜びをかみしめ、将来的な社会貢献活動にも関心を示した。プロ野球界では一流の選手が積極的にチャリティー活動に取り組んでいる。

 阪神でも盗塁数に応じて施設や病院に車いすを贈った元阪神の赤星氏や、骨髄バンクの支援を行う藤川(カブス)の活動が広く知られる。プロ野球選手がこうした活動をすることで、社会的にも大きな影響を与えることができる。

 1年目の藤浪は「自分はまだそういう選手ではないので具体的には考えていないです」としながらも、今後の活躍で実績を積み上げ「一流の選手になったらそういう活動もやっていきたいです」と意欲を見せた。

 甲子園で活躍する藤浪の姿が被災地の人々の励みになるかもしれない。そのためにも、一流の選手を目指す。

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