住み慣れた家で「一人暮らしを続けたい」若年性認知症の63歳男性 突然姿を消し、25キロ離れた公営ギャンブル場で保護…社会福祉士が直面した葛藤

「小森さんの行方がわからなくなった」

一人暮らしを続けていた63歳の小森さん(仮名)が、突然、自宅からいなくなりました。

小森さんは若年性認知症を発症し、日常生活に支援が必要な状態でした。それでも住み慣れた家で自由に暮らしたいという本人の希望を尊重し、周囲はさまざまな支援を重ねてきました。

その後、小森さんが発見されたのは、自宅から25キロも離れた公営ギャンブル場でした。足を痛め、ぐったりした状態で保護された小森さん。なぜそこにいたのか、どうやって移動したのか、本人の説明からは詳しい経緯をつかむことができませんでした。

■「ゴミ屋敷」状態でも一人暮らしを望んでいた

小森さんは電気関係の技術者として働いていましたが、若年性認知症を発症し、退職しました。現在は、判断能力が低下した人を支援する成年後見制度の一つ「保佐」を利用しており、私が社会福祉士として勤務する司法書士事務所でも支援に関わっています。独身で身寄りはありません。周囲の人から好かれる人で、食べることが大好きでした。よく冗談を言い、遊ぶこと・楽しいことが好きで、いつも何か面白いことを見つけては、ふくよかな顔で笑っている、陽気で上機嫌な人でした。

当初、小森さんの家は「ゴミ屋敷」のような状態でした。電気関係の細かい部品や電気コード、壊れたキーボード、たくさんの使いかけの古い調味料、汚れて擦り切れてしまった服など、溢れ返ったものが何層にも重なり、足の踏み場もありませんでした。

小森さんが物をとっておく理由は、自分は電気関係の仕事だから電気部品やコードはいつか組み合わせて遊べる、壊れたキーボードはいつか修理する、料理を作るときに色々な味があったほうがおいしいから調味料はたくさん使う、といったものでした。ただ小森さんはもう、修理も調理も自力ではできない状態でした。

掃除は20年ほどしていないそうで、虫やネズミが棲みついています。

そんな衛生面に問題がある状態でも、小森さんは、自分一人でこれまでも楽しくやってきた、これからもここで楽しく暮らし続けたい、と言います。

■望む一人暮らしを続けるため、準備を整える

自力でできることが限られている小森さんの状態からすると、一人暮らしを続けるのであれば、ホームヘルパーに依頼して、支援を受けることが必要になります。ですがこれほど不衛生だと、ヘルパーの訪問を依頼することもできません。

そこでまず支援を受けられるための環境づくりということで、本人の了承を得て、ものを捨てていきました。小森さんは作業が進む様子を座って見守っていました。それでも、ものが少なくなり、掃除も進むうちに、「床が見えた!トイレがきれいになった!」と喜んでいたそうです。

こうして小森さんの新生活が始まりました。ヘルパーさんが調理したものを、おいしいおいしいと食べ、元々人懐っこいので、コミュニケーションをとることも楽しかったようです。

うまくいっているように見えた新生活でしたが、問題も出てきました。たくさん食べてしまうので、次の訪問までの数日分の作り置きの食事を1日で全て食べきってしまうのです。そのため「食べるものがない」と言います。自分でご飯を炊くことはできましたが、量の調整ができません。結局、家に保管していたお米も全て食べてしまい、お米が底をつくという事態になりました。

そのため、お米は小森さんから見えない場所へ隠し、ヘルパーさんの訪問がない日には、配食サービスを利用することにしました。

他にも入浴や手許現金の管理など生活上の課題はあったものの、一つずつ対処していき、小森さんが楽しく自由に暮らせるよう、着々と生活を整えていた矢先のことでした。

■見過ごせない危険

「小森さんの行方がわからなくなった」という知らせが入ってきました。ヘルパーさんが自宅を訪問したところ、小森さんの姿がなかったそうです。前回の訪問から2日間が経過していました。

警察に捜索願を出しました。

小森さんは、体力的には元気ですが認知機能は低下しています。どこかに出かけて、帰宅する段階になって道がわからなくなったのかもしれません。そしてその道中で、転落などの事故に遭うことや、脱水症状などで衰弱し行き倒れてそのまま発見されないような事態は十分にあり得ます。

「お願いだから生きていて」。周囲を幸せにする小森さんの笑顔が思い浮かび、ただただ、そう祈るしかありませんでした。

小森さんが発見されたのは、行方がわからなくなったことが判明してから2日後のことでした。自宅から25キロ離れた公営ギャンブル場で、小森さんの様子を不審に思った係員が警察に通報し、保護に至ったとのことでした。小森さんは足を痛め、ぐったりしている様子ではあるものの、命に別状はありませんでした。

生きてた。無事で、本当に良かった。

最後に自宅での姿が確認されたヘルパーさんの訪問から、発見まで4日間が経過していました。どうやって25キロ先まで移動したのか。その間、食事や睡眠はどうしていたのか。なぜ自宅に帰らなかったのか。本人の説明は一貫せず、詳しい経緯はわかりませんでした。

■生命と、希望・自己決定が対立する場面

小森さんが行方不明になったことは、これからの生活を考えるにあたっての決定的な事件となりました。

社会福祉士の倫理基準では、「本人の自己決定の尊重」が重視されています。一方で、その自己決定が本人の生命や健康を大きく損ねる場合などには調整が必要とされています。

「自己決定の尊重」の理念の下、小森さんの意思や希望を尊重し、環境を整えていたつもりでした。しかし、行方がわからなくなるという事件が起こりました。次またいつこのような危険が発生するのかわかりません。現に、最後の訪問から発見まで4日間が経過していました。このようなかたちで本人の生命が危険に晒される可能性が出てきた以上、常時見守りがある環境が必要なのではないかと考えるようになりました。つまり今後の一人暮らしについては、本人が望んでも、希望を叶えることは難しいかもしれない、ということです。

生命と、本人の希望・自己決定。言うまでもなくどちらも大切にしなければならないものです。

できる限り、本人の望む暮らしを支えたい。

ただ、できる限りのことをしたつもりであっても、如何ともしがたい理由で、大切な二つの利益の調整が困難になることがある。そんなことを思い知らされた事件でした。

◇山下静香(やました・しずか)関西第一司法書士事務所所属。事務職兼社会福祉士。

相続、成年後見、不動産登記などの実務に携わる一方、高齢者支援や福祉分野にも従事。 法律と生活、双方の領域にまたがる現場経験をもとに、「制度の中で実際に起きていること」をテーマに執筆している。 相続や介護、家族をめぐる身近な問題について、わかりやすく伝えることを目指している。

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