生まれは160年前の四川省成都 海外でのれん分けが許されたのは日本だけ 発祥店「陳麻婆豆腐」が守る本場の味
麻婆豆腐といえば、豆腐と豚のひき肉、そして長ネギ。日本では誰もが思い浮かべる定番の組み合わせでしょう。ですが、約160年前に四川省成都で誕生した麻婆豆腐には、長ネギではなく「葉ニンニク」が使われています。
麻婆豆腐を考案したとされる老舗「陳麻婆豆腐」は、現在も発祥店として伝統の味を守り続けています。日本で広く知られる麻婆豆腐とは何が違うのか。本場ではなぜ葉ニンニクを使うのか。そして、日本ではなぜ長ネギが定着したのか。同店のこだわりを聞きました。
■約160年前に四川省成都で生まれた麻婆豆腐。海外で唯一、暖簾分けされた日本の陳麻婆豆腐
麻婆豆腐のルーツは、1862年に四川省成都で創業した「陳興盛飯舗」にあります。店主の陳富春が早くに亡くなった後、妻の陳劉氏が店を切り盛りしていました。そこを訪れた肉体労働者たちが持ち込んだ豆腐を使って作った料理が評判となり、後に「陳麻婆豆腐」と呼ばれるようになったとされています。
その後、麻婆豆腐は中国を代表する料理の一つとなり、海外にも広がっていきました。1988年と2001年には料理人が来日して国際食品博覧会に参加。日本でも本場の味が知られるようになったのです。
そして2000年、四川省成都の本店から暖簾分けを許され、日本での店舗展開が始まりました。現在も陳麻婆豆腐は、海外で唯一暖簾分けされた店として、本場の味を日本で提供しています。
日本では麻婆豆腐が家庭料理としても定着し、スーパーなどで麻婆豆腐の素が販売されるほど身近な存在になっています。一方で、日本で広く食べられている麻婆豆腐と、四川省成都で生まれた麻婆豆腐には、食材や味の組み立てに違いがあります。
■なぜ長ネギではなく「葉ニンニク」なのか
日本の麻婆豆腐でおなじみなのが長ネギです。しかし、陳麻婆豆腐で使われているのは葉ニンニク。四川省成都では身近な食材で、回鍋肉などにも使われています。
葉ニンニクは、一般的なニンニクとは違い、葉の部分を食べる野菜です。陳麻婆豆腐によると、葉ニンニクを使う理由は「香りとコクをプラスするため」。ほのかなニンニクの風味が加わることで、麻婆豆腐の味を引き立てます。
単なる薬味ではなく、伝統的な麻婆豆腐を構成する重要な食材というわけです。長ネギに置き換えても麻婆豆腐を作ることはできますが、葉ニンニクならではの香りや風味は変わってしまいます。
では、なぜ日本では長ネギが定着したのでしょうか。陳麻婆豆腐によると、麻婆豆腐のレシピが陳建民氏によって日本に広まった当時は、葉ニンニクは日本では入手しづらかったことから、代わりとして長ネギが使われ、それが現在のスタイルにつながったのではないかと担当者は話します。
つまり、日本で「当たり前」になっている長ネギ入りの麻婆豆腐は、本場のレシピがそのまま定着したものではありません。日本の食材事情や食文化の中で姿を変えながら、現在のスタイルになったと考えられます。
■豆腐、花椒、豆瓣醤……本場の味は「材料」からして違う
本場の麻婆豆腐との違いは、葉ニンニクだけではありません。そぼろにも特徴があります。日本では豚ひき肉を使う麻婆豆腐が一般的ですが、伝統的な麻婆豆腐では牛肉を使用します。醤油や甜麺醤で味付けした牛肉のそぼろが、麻婆豆腐に独特の食感を加えます。
また、麻婆豆腐の濃い味に負けないよう、国産丸大豆と天然にがりを使った木綿豆腐を使用しています。昔ながらの製法で豆乳を濃く仕立てることで、しっかりと形を保ちながら、滑らかな口当たりに仕上げています。
柔らかすぎれば煮崩れし、固すぎれば食感が悪くなる。そのため、豆腐の状態も細かく確認しています。大豆の切り替え時期や気温などによって仕上がりが変わるため、厨房で気づいたことがあれば豆腐店に伝え、調整することもあるそうです。
そして、麻婆豆腐の特徴である「しびれ」を生み出すのが花椒(ホアジャオ)です。陳麻婆豆腐では四川省漢源産の花椒を使用。香りの高い挽きたてを味わってもらうため、創業当初からペパーミルを使って提供しているといいます。
さらに味の土台となるのが、四川料理に欠かせない豆瓣醤(トウバンジャン)です。陳麻婆豆腐では、成都市郊外の郫県(ピーシェン)で作られる豆瓣を使い、熟成が進んだものと、赤い色がきれいに出る若い豆瓣醤をブレンドしています。
■「辛い料理」だけではない。8つの要素で味を組み立てる
日本では、麻婆豆腐というと「辛い料理」というイメージが強いかもしれません。しかし、伝統的な麻婆豆腐は、単純に辛さだけを追求した料理ではありません。
陳麻婆豆腐では、麻(マー)、辣(ラー)、燙(タン)、捆(クン)、酥(スー)、嫩(ネン)、鮮(シェン)、香(シャン)という8つの要素から、伝統的な麻婆豆腐を捉えています。
花椒によるしびれ、唐辛子の辛さ、熱々の状態、豆腐に餡が絡むこと、そぼろの食感、豆腐の滑らかさ、新鮮な豆腐、そして調味料やスパイスの香り。それぞれが重なって、一皿の麻婆豆腐になります。
そのため、花椒を増やせば「本場っぽくなる」、唐辛子を増やせば「辛くなる」という単純な話ではないと説明します。
実際、日本の客からも「辛さ」に対する反応はさまざまだといいます。想像していたより辛いと感じる人もいれば、逆にそれほど辛くないと感じる人もいるそうです。
■麻婆豆腐は「ご飯にのせる」が正解? 陳麻婆豆腐おすすめの食べ方
本場の麻婆豆腐をより楽しむために、陳麻婆豆腐が勧めている食べ方があります。まずは、香りを楽しむこと。花椒をしっかりかけ、舌がしびれる刺激だけでなく、挽きたてならではの香りも楽しみます。ご飯が赤く染まっても気にせず、麻婆豆腐をたっぷりのせるのが、同店がすすめる食べ方だそう。
麻婆豆腐そのものを味わうだけでなく、ご飯と一緒に食べることで、豆瓣醤のうま味や花椒の香り、牛肉のそぼろ、豆腐の食感をまとめて楽しめます。
ちなみに、麻婆豆腐を受け止めるご飯にもこだわっています。陳麻婆豆腐では国産米を使い、浸漬時間をしっかり取って、ふっくら炊き上げるよう工夫しています。年に一度、米屋による炊飯・食味調査も行い、味の状態を確認しているそうです。
麻婆豆腐だけがおいしければいいのではなく、ご飯と一緒に食べるところまで含めて、本場の味を楽しんでもらいたいというわけです。
■日本で変えたもの、変えなかったもの
日本で長く営業する以上、本場とまったく同じ環境を再現するのは簡単ではありません。食材の入手方法も違えば、客の味覚や食文化も違います。
それでも、陳麻婆豆腐が変えていないのがレシピです。日本で使う豆腐については、伝統的な豆腐店から仕入れています。その際、陳麻婆豆腐に合うよう特注しているといいます。
つまり、日本で手に入る食材を使いながらも、麻婆豆腐そのもののレシピは変えない。本場の味を守るために、食材の調達方法には柔軟に対応しながら、味の核となる部分は変えないという考え方です。
2000年に日本での展開を始めた当初は、あまりの辛さに驚く客もいました。しかし、本筋を曲げずに営業を続けることで、徐々にファンを増やしてきました。
麻婆豆腐発祥店として現在も守り続けているのは、「同じ味をこれからも受け継いでいくこと」。約160年前に成都で生まれた味を、日本でも伝え続けることが同店の役割だと話します。
■発祥店が守る味と、『頭文字D』とのコラボで新しい挑戦も
そんな伝統を守る一方で、陳麻婆豆腐は新しい企画にも取り組んでいます。現在は、走り屋をテーマにした人気漫画『頭文字D(イニシャルD)』とのコラボレーション「麻婆最旨伝説 PROJECT.M.D(Mabo Dofu)」を実施し、2026年10月31日まで3種類の期間限定メニューを展開しています。
コラボのきっかけは、陳麻婆豆腐の会長が『頭文字D』のファンだったこと。さらに、主人公・藤原拓海の父が営む「藤原とうふ店」と、麻婆豆腐の主役である「豆腐」がつながることから、今回のコラボが実現しました。
企画では、『頭文字D』の世界観を壊さず、ファンに「面白いコラボ」として楽しんでもらうことを重視。3種類のコラボメニューに加え、10種類のトレーディングカード、ランチョンマット、オリジナルグッズまで、作品の世界観を意識して展開しています。
メニューは、イカスミを使い藤原拓海をイメージした「拓海86黒麻婆」、高橋啓介のFD3Sをマイルドなチーズで表現した「啓介FD黄麻婆」、走り屋チーム「赤城レッドサンズ」をイメージし、糸唐辛子とパプリカでいかにも辛そうな「レッドサンズ赤麻婆」の3種類。
担当者によると人気があるのは、拓海、啓介、レッドサンズの順で、筆者は3種類食べ比べましたが、レッドサンズ赤麻婆は、見た目ほど実は辛くはありませんでした。
四川料理の老舗と走り屋の漫画という意外な組み合わせですが、こうした新しい試みにも挑戦しながら、約160年続く麻婆豆腐の味を次の世代へ伝えています。
(まいどなニュース特約・鈴木 博之)
