自社株と広大な山林 10億以上の資産を遺した父 税理士「10カ月以内に現金数億円の用意を」と告げた【行政書士が解説】
ある日、亡くなった父が遺した財産目録を見た45歳の会社員Aさんは「10億円以上の資産がある」ことに驚きます。しかし税理士から「相続税として、数億円の現金を10カ月以内に用意してください」と告げられ、天国から地獄へ突き落とされるのでした。
父が遺した10億円の正体は、地方にある広大な山林と、父が経営していた会社の「自社株」が大半でした。山を売ろうにも買い手は見つからず、自社株も他人に売却できる性質のものではありません。手元に現金がないにもかかわらず、容赦なく数億円の税金がのしかかります。
そこでAさんは「このまま相続すれば、今の家も貯金もすべて納税で消えてしまう」と考え、すべての権利を捨てる「相続放棄」を決断しました。このように突然高額の納税を求められる相続税の対処について、Aさんには相続放棄以外に解決方法はなかったのでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
■容赦なく迫る「10カ月の壁」
ー税金は「現金一括」で払うのが大原則なのですか?
日本の税制は「金銭即納」が原則です。分割払いにあたる「延納」という制度もありますが、借金でいうところの金利にあたる利子税という税金が加わる上、担保の提供を原則とするなど支払い条件は厳しくなります。
Aさんのように、資産のほとんどがすみやかな換金処分が難しい不動産や株式で、すぐに動かせる現預金が少ないケースは危険です。税金を計算するうえでは「10億円の価値がある山」に対して税額を算出します。「売れないから税金が安くなる」ということにはなりません。
ー現金がない場合、土地をそのまま国に納める「物納」はできないのでしょうか?
物納は、どうしても現金や延納で払えない場合の「最後の手段」として認められていますが、物納の許可を得るのは容易とはいえません。境界が不明確だったり、担保に入っていたり、Aさんのケースでの山林が「管理処分不適格財産」と判断されると、その物納申請は却下されます。また納税額を上回る物納も原則認められません。
一般論として、Aさんの山林も買い手がつかないような土地であれば、国も受け取ってくれない可能性が高いでしょう。そうなると納税のために自分自身の家や、コツコツ貯めてきた老後資金まで差し出さなければならなくなります。
ーそもそも、なぜ相続税の支払いはこれほどまでに急がされるのでしょうか?
税務にかかわることがらのため、税理士監修のもと回答します。相続税法では、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10カ月以内に、申告と納税を完了させなければならないと定められています。これが「10カ月の壁」です。
最近のニュースでも、著名人の子どもが多額の納税負担を理由に相続放棄をしたのではないかと報じられました。不動産を売却して資金を作るには、境界の確定や買い手探しなど、通常相当の期間を要します。
10カ月なら余裕があるように感じますが、Aさんのように換金しにくい山林や自社株を抱えている場合、この10カ月という期限は「あっという間で時間が足りない」というのが経験者の実感のようです。
ー「相続放棄」は、こうした破産を防ぐ手段として有効ですか?
相続放棄は、プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継がないという手続きです。Aさんのように「10億円を相続して今の生活を壊すよりも、ゼロから出発して今の暮らしを守る」という判断は、やむをえない選択のひとつであると考えます。ただし、相続財産には自社株も含まれることから、この処遇をどうするかの検討をふまえる必要があります。
「もったいない」と人はいうかもしれませんが、自分の人生に責任を負うのは自分自身でしかありません。10カ月という限られた時間の中で、冷静に家族との未来を天秤にかける判断もあってしかるべきです。このような事態に陥らないために、巷間、生前対策が重要と言われます。
税務上の監修:はらの税理士事務所(神戸市)
◆松尾武将(まつお・たけまさ) 行政書士
長崎県諫早市出身。大阪府茨木市にて開業。前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ行政書士事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)
