映画デビューはウエイター・津田役 真っ白な企画書 バラエティ?と疑った主演映画「津田寛治に撮休はない」のオファー
実は何度もあった、自分というキャラクター。
■バラエティ番組の企画疑う
ありとあらゆる役を演じてきた津田寛治(60)が俳優・津田寛治に扮する、主演映画『津田寛治に撮休はない』(3月28日公開)。撮影に稽古に打合せにイベントに。映画界を支え続ける多忙俳優・津田寛治に撮休という概念はなかった。毎日のように演じる、自分ではない人生。今は現実?それとも虚構?撮休のない人生の向こう側を覗いた津田寛治が目にした衝撃的事実とは…。
ことの発端は、津田の大ファンである萱野孝幸監督からの直談判。
「津田さん主演で映画を撮りたいと渡された企画書は真っ白。それを裏返してみると『津田寛治に撮休はない』というタイトルがデカデカと印刷されていました。“バラエティ番組の企画書ですか?”と驚いて聞いたほどです」
津田本人が津田寛治を演じる。その珍妙な設定にオファーを快諾したのもつかの間、届いた初稿脚本は『シン・ゴジラ』並みに分厚かったという。
「しかも『シン・ゴジラ』の時に樋口真嗣監督が言ったのと同じ事を萱野監督からも言われました。“セリフが多いのでテンポを意識して早口で喋ってください”と。思わず笑っちゃいました」
自分の事を取材もせずに勝手に書くなんて…と半信半疑で読み進めたボリューミーな脚本。だが、ページをめくる手は止まらなかった。
「どこまで僕のことを知っているの!?と思うくらい、俳優としての僕の思考が津田寛治を通してリアルに描かれていました。もちろん一部に創作は含まれていますが、とてつもなく面白い映画になる予感がありました」
■俳優デビュー作も津田役
津田寛治という名前は芸名ではなく本名。思い返せば、北野武監督が手掛けた俳優デビュー作『ソナチネ』(1993年)で演じたウエイター役の名前も津田だった。
「そうなんです。北野監督から急に自己紹介シーンを撮ると言われて。でも役名なんて聞いていない。それで焦って助監督さんに“あの、スミマセン。僕には役名がないんですけど…”と言ったら“え!?君、名前は?”と。“津田です”と答えたら“じゃあ、それで!”と津田になりました」
以降、何故か本名を名乗る役を複数回経験してきた。創作上のキャラクターではあるものの、アイデンティティはほぼ自分という不思議な状況。津田は「それは必然的な流れ」と望むところだ。
「なぜ必然的かというと、芝居を突き詰めていく中でドキュメント性はとても大事なものだと感じるからです。いかに物語とドキュメントの境を見せる事が出来るのか。もしかしたら俳優本人が本人を演じる事こそ役者としての究極の仕事なのではないかと」
■世界に発信する演技
『津田寛治に撮休はない』の撮影現場では奇妙な言葉が飛び交った。
「演技する上で突き詰めたいところに齟齬が生まれるたびに、萱野監督からこう言われました。“津田さんは津田寛治を演じてください!今の表現は津田さんですよね?そうではなくて津田寛治を演じるんです!”と…。もうわけがわかりません」
侃々諤々の中で津田が見せたかったもの。それは日本における最新の“芝居のカタチ”。地元・福井県で開催されている福井駅前短編映画祭の審査委員長を務める津田は、そこに集まる若い才能たちによる現在進行形の表現方法を目の当たりにし、刺激を受けてきた。
「最近の若い俳優たちは、演じるからといって別段自分を変えません。日常と本番の境目がないような、極めて自然な演技をする人たちが増えています。僕はそれを見て“これが日本人俳優の未来だ!”とワクワクしてしまって。『津田寛治に撮休はない』にもその要素を入れようとしました。日本におけるバイプレイヤーの今を、世界に発信する意気込みで」
俳優生活33年の津田が挑んだ虚実皮膜。自分を何度も演じてきた男の“自分”とは一体どんなものなのだろうか。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)





