止められなかったオミクロンの家庭内感染 トイレも分け、風呂も入らぬ隔離むなしく…感染した記者から家族に次々と

コロナに感染した。2月上旬の話だ。私(39歳男性)を発端に妻、次男、長男と次々に発熱した。妻に感染した時点で思った。「家庭内感染を防ぐのは難しい」。オミクロン株の感染力は本当にすごかった。健康優良体の記者が家庭内で広がった様子を報告する。

2月4日午後8時ごろ、喉にわずかな違和感を抱いた。乾燥した部屋で朝、目覚めたような感覚。感染経路に覚えはない。悪寒も走った。「取りあえず熱を測ろう」。脇に挟んだ体温計は37.2度を示した。

ここでまず働いたのは「正常性バイアス」。心理学用語で自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまうことだ。毎日、日本で10万人、私が暮らす兵庫県で5000人が新型コロナウイルスに感染している時期。「体調が悪ければ、コロナ感染と思え」とも言われている中、「1年に数回は出る微熱かな。一晩寝れば回復するだろう」と悠長なことを考えた。

■一気に体温上昇40度、ひどい寒気

しばらく、帰宅したそのままの姿でソファに寝転んでいると、明らかに寒気が強くなっていった。2時間後、再び計ると38.5度。「これはまさか…」。ようやく現実を直視しコロナ感染を疑った。妻に報告し、隔離生活が始まった。

翌5日、朝からPCR検査が受けられる病院を探して受診。解熱剤や喉の薬をもらった。この時には40度ほどになっており、寒気もひどかったが「意識がもうろうとする」「起き上がれない」というほどではなかった。

6日夕方に病院から電話があり、陽性を伝えられた。ニュースで見聞きする、咽頭痛から発熱という定番のコースをたどっていただけに驚きはなかった。

■熱が下がると咽頭痛が顕在化、氷なめ過ごしていると…

発症から4日目まで39~38度台をうろついている状態だったが、5日目に38~37度台になった。体も軽くなってきた。一方でせきが出始めた。熱が下がり、体の感覚が戻ったのだろうか。とにかく喉が痛い。喉を冷やすため、氷を口に入れて過ごした。そして6日目の9日朝、悪いニュースが訪れた。妻がけん怠感を訴えたのだ。

わが家は、私一人が離れて生活できる環境が整っていた。トイレは二つある。唯一の共有スペースは風呂場だが、私は発症してからは入っていなかった。食事などは妻が、私の過ごす部屋の前に用意した後、「置いたよ」とLINEで知らせてくれていた。紙皿と紙コップを使い、お盆などを返す場合は除菌してから、扉の前に戻していた。

できうる感染防止策をしていただけに、妻の報告に「オミクロンの感染力、すごっ!」と驚いた。扉の隙間からウイルスが通路に漏れ出していたのか、除菌が甘かったのか…。

■妻も高熱でダウン、私が子どもの面倒をみることに

妻のけん怠感は見る見る強まり、熱や関節の痛みも加わった。その日のうちに病院で抗原検査を受け、陽性が判明した。症状が顕在化したのは9日だが、数日前から喉にたんが絡む症状や腹痛があったという。

そして妻は寝込んだ。私の熱は下がり、比較的動けるようになっていたため、元気いっぱいの6歳と3歳の面倒を見ることになった。まだ感染させてしまうリスクはあったが、そうは言っていられない状況に追い込まれた。

この期間が一番しんどかった。けん怠感が残っており、喉の痛みはピーク。せきで寝られない。そんな中、子どもたちから「うんち終わったからお尻拭いて(次男)」「(おもちゃの)ブロックの足りないパーツ探して(長男)」「(飲料の)ミロを作って(次男)」「ホットケーキが食べたい(長男)」。マスク姿で2人にシャワーを浴びさせている時は、エヴァンゲリオンの「残酷な天使のテーゼ」が頭の中でリフレインしていた。

■次男も発熱、ぐったりするもすぐに回復

そうこうしているうちに、次男も発熱した。数日前からせきをしていたので「怪しいな~、怖いな~」と身構えていた。夜、楽しそうに長男と泡だらけにした風呂から上がった直後、「眠い」と言い出し、はだかのまま浴室の前でうつぶせになって寝始めた。「おいおい」と思いながらパジャマを着させてベッドに運ぶと、そのまま寝てしまった。次男がそういった流れで寝ることは普段なかったので、違和感を覚えた。風呂上がりの影響がなくなったと思える1時間後に検温して発熱が分かった。「すまない!」と思いながら妻に伝え、次男と妻、そして私と長男に部屋を分けて生活することにした。

次男の回復は早かった。翌日は熱とせきで少しぐったりとした様子を見せていたが、その夜には「お兄ちゃんと遊ぶ!」と大声で騒いでいた。義母が自宅の庭に届けてくれたいちごをよく食べていた。3日目には平熱に戻っていた。

■「オミクロンは止められない…」長男にも

やれやれと思っていると、長男も発熱した。「オミクロンは止められない…」と驚嘆しつつ、その時点で妻と次男、私と長男の別々の生活を中止した。

長男は次男よりも元気だった。熱が出た当日も数時間、うとうとしただけで「よし、もう寝たから大丈夫」などと言いつつ、隔離中にハマっていたブロックを組み立てようとした。なだめながらその日は寝かせたが、翌日には熱がありながらもブロック作りに精を出していた。ブロック作品は隔離中、七つにも及んだ。次男と同じで熱は3日目には下がった。

ちなみに次男も長男もPCRや抗原検査はしなかった。2人に症状が出た段階で10日間の隔離を決めたので白黒つける必要がなかった。また、陽性が確定したわれわれが小児科に連れて行くことで誰かに感染させてしまうことも懸念した。

■療養期間終了後も10日ほど、せき症状

2月下旬、家族全員の隔離期間を終えた。2週間以上に及んだ。オミクロンの感染力のすさまじさと、家庭内感染を防ぐ難しさを痛感。そして大人と子どもの症状の違いも目の当たりにした。私は療養期間終了後も10日ほど、せき症状が残った。みなさん、本当にお気を付けください。

(まいどなニュース/神戸新聞・堀内 達成)

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