【スポーツ界22年墓碑銘】小嶺忠敏氏 国見で6度V、高校サッカー界の名将

 今年、76歳で亡くなった小嶺忠敏氏は全国高校選手権で国見を戦後最多タイの6度の優勝に導いた名将だった。

 1968年に母校・島原商の監督に就任。部員13人からスタートし、地方のハンディを補うために自らマイクロバスを運転して全国に遠征するなど強化に努めた。77年にはインターハイで長崎勢初優勝。84年に国見に赴任すると、86年に全国高校選手権初出場で準優勝の快挙を成し遂げた。そして翌年の87年に初優勝。90、92、2000、01、03年と優勝を重ね、元日本代表の大久保嘉人や三浦淳寛ら多くの名選手を育てた。

 05年のV・ファーレン長崎の立ち上げにも携わり、社長も務めた。08年から長崎総合科学大付高の監督に就任し、昨冬の全国高校選手権の出場も決めていたが、大会直前に入院。「全国でも勝たせてみせます」と語っていたものの、ベンチに入ることはできなかった。

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