グラン浜田さん、西村修さん安らかに 団体の功労者2人を惜別 新日本リングで追悼10カウント 棚橋遺影を抱え涙
「プロレス・新日本」(6日、大田区総合体育館)
2月16日(日本時間)に74歳で死去したグラン浜田さんと、同28日にがんのため53歳で亡くなった西村修さんの追悼セレモニーが、第1試合開始前に実施された。社長を務める棚橋弘至(48)が西村さん、タイガーマスクが浜田さんの遺影をそれぞれ抱えてリング上に立ち、新日本にかつて所属していた2人の功労者に追悼の10カウントゴングを鳴らした。
旗揚げ記念日に、団体の功労者を惜別した。西村さんと同期の天山広吉(53)をはじめ、小島聡(54)、永田裕志(56)、真壁刀義(52)、後藤洋央紀(45)、本間朋晃(47)、邪道(56)ら、ゆかりのある所属選手がリングサイドを囲み、故人をしのぶ10カウントゴングが鳴らされた。
“小さな巨人”グラン浜田さんは1972年3月6日の旗揚げメンバーの1人で、同16日に藤波辰爾戦でデビュー。75年にメキシコに渡った後は和製ルチャドールの先駆者として活躍し、帰国後は初代タイガーマスクと名勝負を繰り広げるなど、現在の日本のジュニアヘビー級戦線の礎を築いた。
西村さんは90年に入門し、91年4月に飯塚孝之(飯塚高史)戦でデビュー。若手のヤングライオン時代には西村&金本浩二VS山本(天山)&小島によるタッグマッチが名物となり、後に藤波に師事して自主興行「無我」に参戦した。クラシカルなファイトスタイルと独特のキャラで人気を博し、IWGPタッグ王座には2度輝いた。
53年の団体の歴史を彩った輝かしい経歴が改めて紹介され、最後は2人の名前がコールされるとともに、それぞれの入場テーマが会場に響いた。棚橋は目に涙を浮かべながら、西村さんの遺影を高く掲げた。





