新日本・柴田勝頼が奇跡の復活!急きょ打撃ありに変更、愛弟子の成田にPKで勝利
「プロレス・新日本」(4日、東京ドーム)
急性硬膜下血腫のため2017年4月から欠場していた柴田勝頼が約4年9カ月ぶりの復帰戦を行い、自身がヘッドコーチを務める新日本の米国ロサンゼルス道場で武者修行中の成田蓮と対戦した。
試合はサブミッションホールド、投げ技の使用を認め、ピンフォール、リングアウト、反則などのプロレスルールも適用し、打撃技は禁止とするキャッチレスリングルールで行う予定だったが、柴田は入場するとマイクを持ち、「ルール変更しろ。プロレスだ。成田、やれんのか、オイ!」と成田に問いかけ、成田が応じたことで、打撃も認められる通常のプロレスルールで行われることになった。
ゴングが鳴るといきなり互いにローキックを打ち合い、グラウンドに移行。柴田は馬乗りで攻撃するなど優位に試合を進める。成田もロープ際のブレークの際に張り手を放つなど、気の強さを発揮。柴田は足4の字固めで捕らえるなど攻め立てるが、成田はコーナーで柴田の負傷箇所である頭部にストンピングを連発した。だが、柴田は容赦ない前蹴りで反撃。得意の串刺しドロップキックを見せると、観衆から大きな拍手が送られた。
成田も巧みに変型逆エビ固めの成田スペシャルなどで反撃。さらには頭突きもたたき込む非情さも見せた。しかし、柴田はコブラツイストからジャーマンスープレックス、レインメーカー式の張り手、ミドルキックの連打などで猛攻。成田は蹴り足をつかんでキックの連打を打ち返したが、打ち勝ったのは柴田。最後はスリーパーホールドからのサッカーボールキックのPKの必勝パターンで3カウントを奪った。
開頭手術からの奇跡的とも言える復帰を果たした柴田。試合後は激闘を繰り広げた愛弟子の成田と熱い抱擁を交わした。
◇柴田勝頼(しばた・かつより)1979年11月17日、三重県桑名市出身。父は新日本のレスラー、レフェリーだった柴田勝久。高校時代はレスリング部に所属し、99年に新日本でプロレスデビュー。K-1の天田ヒロミ、武蔵らと対戦するなど格闘技路線を歩み、2005年5月にビッグマウス入り。同年8月にはビッグマウス・ラウドへ移籍するも、06年8月に退団。07年からは総合格闘技のHERO’S、K-1 WORLD MAXなどに参戦。12年9月からは再び新日本を主戦場とし、IWGPタッグ王座、NEVER無差別級王座を獲得。17年にはニュージャパンカップを制し、4月にIWGPヘビー級王者のオカダ・カズチカに挑戦するも敗れ、試合後は急性硬膜下血腫と診断されて長期欠場。18年3月からは新日本ロサンゼルス道場のヘッドーコーチを務めていた。183センチ、95キロ。

