２０２５年１０月６日にノーベル生理学・医学賞が発表され「制御性Ｔ細胞による免疫の過剰な働きを抑える仕組みの発見」に対して、大阪大学の坂口志文博士ら３名が受賞しました。本来でしたらすぐにでもこの研究の「どこがすごいのか」を本コラムでご紹介せねばならないのですが、あまりに難解で皆さんに噛み砕いてご説明できるまで、時間がかかってしまいました。

　免疫はウイルスや最近感染から私たちの体を守る大切な仕組みです。そのため、免疫の作用を強めることは医学の重要な課題で、ワクチンの開発はその成果の一つといえます。他にも腸内細菌の活性化など、免疫アップは医学の永遠のテーマです。しかし、その一方で、免疫は強ければ強いほど良い、というものではないことも判ってきました。免疫が過剰に反応することによって起こる「自己免疫疾患」という病気があります。関節リウマチや一部の糖尿病、膠原病、潰瘍性大腸炎など、免疫システムが間違って自分自身の細胞や組織を攻撃することによって発症する病気です。

　そのため、私たちの体には免疫の働きを抑える仕組みも存在します。たとえば、免疫システムにおいて重要なＴ細胞は、心臓の前にある胸腺で、私たち自身の細胞や組織と反応するありがたくない免疫細胞は取り除かれ、私たち自身を攻撃しないものだけが全身に送り出されていきます。しかし、私たち自身の細胞や組織のすべての情報が、胸腺に存在するわけではありません。一部のＴ細胞は私たち自身を攻撃する可能性を秘めながら、全身へと送り出されてしまいます。そこで、体のどこでも、私たち自身を攻撃するＴ細胞を抑える仕組みが必要となり、それが、坂口博士が発見した制御性Ｔ細胞なのです。

　じつは２０世紀後半に、免疫の働きを抑えるサプレッサーＴ細胞という細胞の存在が仮定され、サプレッサーＴ細胞が免疫反応を適切なときに終了させるとされていたのですが、その細胞がなかなか見つからず、最終的にサプレッサーＴ細胞は存在しないと結論づけられました。しかしブレーキとして働く何らかのＴ細胞（これが後に制御性Ｔ細胞と名づけられます）が存在しないと、免疫反応を説明することができない。そう考えて坂口先生は細々と研究を続けていきました。

　そして坂口先生は１９８０年代に、正常なマウスから、ある種のＴ細胞のグループを取り除くと、自己免疫病が発症することを発見します。取り除いたＴ細胞のどれかが自己免疫病を起こすＴ細胞を抑えている。つまり、この抑える方のＴ細胞が制御性Ｔ細胞であるはずです。それから坂口先生はまた一人で黙々と実験を繰り返し、ついに制御性Ｔ細胞を発見し、その働きまで解明することに成功します。免疫は強ければ強いほど良いというものではありません。坂口先生は、制御性Ｔ細胞があるはずだという確信のもと、逆風の中でもあきらめずに実験を続けたからこその今回の栄誉なのです。

　◆松本浩彦（まつもと・ひろひこ）芦屋市・松本クリニック院長。内科・外科をはじめ「ホーム・ドクター」家庭の総合医を実践している。同志社大学客員教授、日本臍帯プラセンタ学会会長。