【野球】「現役をやってる間の方が短い、辞めたらなんぼでも遊べる」戦力外通告の季節に響く元広島・西山秀二さんの言葉
1990年代の広島を正捕手として支えた西山秀二さん(59)は、2005年にプロ野球人生にピリオドを打った。1軍戦力として活躍し、ベストナインにも輝いた20年の現役生活を「いい野球人生だった」と総括するが、「ちょっと道をそれた部分も多かったかな」と反省の言葉も口をついた。若かったあの頃には気づくことができなかった思いを吐露した。
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西山さんが巨人のユニホームを脱いだのは38歳のシーズンだった。
古巣の広島が相手だったシーズン最終戦に出場し、チームメートに胴上げされて現役生活にピリオドを打った。ひっそりとユニホームを脱ぐ選手が大半の厳しいプロ野球の世界で、幸せな幕の下ろし方だったのは間違いないだろう。
「成績はそんな飛び抜けたものじゃないし、大した成績じゃないけど、いい野球人生やったなと思います」
3球団に所属しての20年の現役生活。広島時代には正捕手としてチームを支え、球団の捕手史上初めて規定打席に到達して打率3割も記録した。優勝も経験し、日本シリーズ出場も果たし、2度のベストナイン、ゴールデングラブ獲得もあった。誇るべきプロ人生だろう。
ただ、思うところはあるようだ。
「後悔はしてないですよ」。そう前置きしつつ苦笑交じりに吐き出したのはこんな思いだった。
「それなりに頑張ったけど、もっとできただろうとは思う。もっと努力できたなと。もう一回、野球をやらせてくれるなら、引退するまで野球漬けの人生でもいい。もっとやってれば、もっといい選手になったし、もっといい成績を残せたと思う。今から反省してもしゃあないけど」
おおらかな時代背景もあったのだろう。若かりしころの西山さんは自他共に認めるやんちゃぶりを発揮していた。
大阪・上宮高を卒業して南海に入団。いきなり自由に使えるお金を手にした若者は遊びにも夢中になった。寮を抜け出すのも日常茶飯事で新聞をにぎわしたこともあった。
高卒選手では異例の入団から1年5カ月で、トレード移籍した広島では初対面の松田元オーナー代行(現オーナー)に「おまえ、やんちゃらしいな」とクギを刺されたほど。猛練習で知られた広島のユニホームを着てもやんちゃは収まらず、プロ4年目の秋には、米国での教育リーグ出発の日に、酔いつぶれて移動の新幹線に遅刻する事件を起こし、引退を申し入れたこともあった。
「ちょっと道をそれた部分が多かった。飲みに行って遊んだり、トレーニングをさぼったり。自分のやったことだから後悔はしてないし、それはそれで楽しかったんですけどね。他の人と比べても仕方ないですけど、野球に打ち込んでるやつらに比べたら、努力は足りなかったかな(笑)」
西山さんは聞く耳を保たず、奔放に過ごした自身の若かりしころを思い起こした。
今だから言えることがある。
「若いうちは分からないんですよ。今思えば、なんです。人が何を言おうが、わが道を行くで好き勝手にやってたから。辞めてから時間なんていくらでもある。現役をやってる間の方が短い。辞めたら、なんぼでも遊べるんですから」
各球団が戦力外通告を実施する厳しい季節。西山さんの言葉は重く響く。(デイリースポーツ・若林みどり)
◆西山秀二(にしやま・しゅうじ)1967年7月7日生まれ。大阪府出身。上宮高から1985年のドラフト4位で南海に入団。87年のシーズン途中で広島にトレード移籍。93年に正捕手となり94、96年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。広島の捕手として初めて規定打席に到達して打率3割をマーク。2005年に巨人に移籍し、その年に引退。プロ在籍20年で通算1216試合、打率・242、50本塁打、36盗塁。巨人、中日でバッテリーコーチを務めた。
