【スポーツ】なぜウルフ・アロンは引退会見で負けた試合後のバス車内を思い出したのか 23年間の競技生活に幕

 記念撮影する(左から)ウルフ・アロン、橋本壮市、阿部一二三、永山竜樹=4月
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 柔道男子100キロ級で東京五輪金メダリストのウルフ・アロン(29)が10日に引退会見を行った。柔道家として完全燃焼した人気者は、今後について「自分がまだ表に立ちたい気持ちが強い」と指導者への道は否定し、今月中にも改めて進路報告の場を設けるという。東京五輪後、親しみやすいキャラクターでブレイクしたものの「芸能人になったのか」などと一部で厳しい声もあった。人知れず涙を流し、葛藤を繰り返しながらもパリ五輪までたどり着いた、スポットライトの裏側があった。

 23年間の競技生活を振り返り、ベスト試合には東京五輪決勝を挙げた。一方で、最も脳裏に焼き付いている場面として「(敗退した2023年)アジア大会が終わり、引退するのか、(あきらめず)パリ五輪を目指すのかを頭の中で考えていた試合帰りのバスを思い出す。その時の考え方によっては(すぐ)引退していた」と吐露した。意外な一方で、どこか納得もした。

 男子100キロ級で、ウルフはシドニー五輪の井上康生以来21年ぶりの金メダルに輝いた。親しみやすいキャラクターも広く知られるようになり、「逃走中」「イッテQ」といったテレビの人気番組などに多く出演。ただ、それもウルフの中では柔道の普及を狙ったもので「メディアに出ることで、この人が好きだから試合を見に行こうってところにつなげたい」との思いを持っていた。

 しかし、休養期間の代償は大きく、ふくよかなシルエットに変貌。後に「最高で125キロ」と打ち明けたが「130キロはいっていた」という関係者の声もある。当時、車で収録現場への送り迎えをしていた付け人の宇田川力輝さんは「ケータリングにハマって、収録の合間は常に何かが口に入っていた」と振り返る。

 パリ五輪を目指し22年から再起したが、功労者に厳しい視線も注がれた。代表選考の会議で「ウルフは戦える状態なのか?芸能人になったのか?」といった声も聞かれた。復帰後も減量苦、新ルール、勢力図の変化などに対応し切れず、国際大会優勝から遠ざかった。

 「東京五輪で優勝し、26歳で引退するのは早いんじゃないかと軽い気持ちで続けてしまった。自分の声に耳を傾けず、心と体がバラバラだった」

 パリ五輪前年も敗退が続き「なんで柔道をやっているのかわからない」と自信を失った。この時期は「泣き上戸になっていた」といわれ、気心知れた仲間内で食事に行った際、酔いが回ってくると「俺、頑張っているよな?」と泣きながら自分を慰める姿もあった。

 道半ばで何度も引退を考えたが歯を食いしばり、24年2月のGSパリで2年7カ月ぶりの国際大会優勝を果たし、男泣きした。「走り切った。悔いは全くない」。一度夢をかなえた後も、苦悩や葛藤を抱えながら最後まで戦い抜いたパリ五輪のウルフには、人間くさい色気が漂っていた。(デイリースポーツ・藤川資野)

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