元ロッテ監督で、日本プロ野球ＯＢクラブの理事長を務める八木沢荘六さん（８０）は、古巣を含め７球団でコーチを務め投手の育成、整備に力を発揮してきた。野村克也氏が監督に就任した阪神では３年間、投手コーチを務めた。当時、大きな話題を振りまいた新庄剛志外野手（現日本ハム監督）の二刀流挑戦、のちに阪神の左のエースとなる井川慶投手への宝刀チェンジアップ伝授にまつわる話を聞いた。

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　２６年前の新聞に掲載された新庄選手の投球写真を見ながら、八木沢さんが指導者魂を再燃させた。

　１９９９年３月５日の巨人とのオープン戦（熊本）。二刀流に挑戦中の新庄選手は投手デビューを果たし、ＭＡＸ１４３キロの速球で１回を三者凡退に仕留めていた。

　「これはいい写真ですよ。スピードも速かったんですよ。上等ですよ。これもほら、ちゃんとなってるし、これでいいんですよ。ここもいいし」

　利き腕の使い方、グラブをはめた左手の位置、体の傾き…。コーチとして重視する投球フォームのチェックポイントを一つ一つ確認し、満足そうにうなずいた。

　挑戦が始まったのは、阪神投手コーチ就任直後の９８年の秋季キャンプだった。「誰か球の速いのはいないか、右投手が欲しいと監督が言って、新庄はどうかとなったんです」。

　内外野の連係で新庄選手がセンターから放つ矢のような送球に、八木沢さんも可能性を感じていた。「肩がすごくいい。すごい球を投げてきてたんです。外野手のボールじゃなかった」

　打診に本人も乗り気となり、秋季キャンプでのデモ投球では１４５キロを計測。春季キャンプでは「２日に１回ぐらいブルペンに入りましたね」。指導した日々を懐かしんだ。

　新庄選手は巨人戦を含めオープン戦２試合に登板し計２回を１安打１失点でしのいだが、登板する度に古傷の左太もも痛が再発。６年ぶりに開幕を２軍で迎えることになった。「ストライクが多く入ればよかったんですけどね。やっぱり『難しい』って言ってましたね。試合とブルペンは違いますから」

　素材の良さを評価していただけに公式戦登板に至らなかったことを残念がったが、二刀流挑戦はコーチ魂を触発する経験だったようだ。投手をもう少し続けさせたかったか問うと「そうですね。僕がいたらね。こういうのも面白いんですよ」と笑顔を見せた。

　新庄選手が投球練習にいそしんでいた春季キャンプで、プロ２年目の井川投手はチェンジアップと格闘していた。

　「アメリカに行った時に向こうのコーチに教えてもらって、これはいいなと思って。井川に教えたんです。落ちて打者が空振りする。魔球みたいなんです。彼は一生懸命、練習して習得したんですよ」

　八木沢さんは井川投手と同じ左手にボールを持ち「ここでマルを作ってこういう風に握って」とサークルチェンジの握りを見せた。

　その年の５月１９日の広島戦（米子）、１軍デビュー２戦目で井川投手は７回途中まで投げプロ初先発初勝利。沈む魔球は有効な武器となっていった。

　チェンジアップとは別に八木沢さんが井川投手に伝えたのは正しい投球フォームだったという。

　「肩を壊していたことがあったので、投げ方で肩を壊すと伝えました。こうすれば大丈夫だと見せたんです。そこからキャッチボールをやったりしてうまく行ったんでしょう。こういう投げ方をしてれば大丈夫だと思ったと思いますよ」と振り返った。

　野村阪神は３年連続最下位に沈み、監督とともに八木沢さんも２００１年でユニホームを脱いだ。最終戦の試合前には井川投手に声をかけた。

　「おまえは大丈夫だから、そのままやっていったら２桁は勝てるから、今のまま、崩すなよと伝えました」

　涙を流しながら八木沢さんの話を聞いた井川投手は翌年に１４勝、０３年には２０勝と５年連続して２桁勝利をマークしチームの大黒柱となった。「ここまでになるとは思わなかった」。期待を超えた教え子の成長に目を細めた。

　現役で１３年、３９４試合に登板し、指導者として７球団を巡ってきた。大事にしてきたのは、自身の経験に裏打ちされた故障をしない投げ方だ。

　「ものすごい投げても大丈夫だというのを自分で経験しています。だから１５歳から３５歳までずっと同じ（フォーム）です」と胸を張る。正しいフォームを習得すれば世界が広がる。「野球って面白い、ピッチャーって面白いってなりますよ」。永遠の野球少年の顔で楽しげに言った。

（デイリースポーツ・若林みどり）

　◇八木沢荘六（やぎさわ・そうろく）１９４４年１２月１日生まれ。栃木県出身。作新学院、早大を経て、６６年のドラフト１位で東京（現ロッテ）入団。７３年にプロ野球史上１３人目の完全試合を達成、最高勝率・８７５を記録した。在籍１３年で３９４試合に登板。７１勝６６敗８セーブ。防御率３・３２。９２年から９４年途中までロッテ監督。ロッテを含め、西武、横浜、巨人、阪神、オリックス、ヤクルトと７球団のコーチを歴任した。日本プロ野球ＯＢクラブ理事長。