【野球】大谷も苦しむピッチクロック 日本野球には不要? 評論家が指摘する危険性

 試合時間短縮を目的として、今季から米大リーグで導入されたピッチクロックシステム。投手は走者がいない場合には15秒以内、走者がいる場合は20秒以内に投球動作を開始しなければならず、これに違反するとペナルティーとして1ボールが追加され、打者も制限時間残り8秒前までに打席に入り、打つ準備を整えなければ、自動的に1ストライクが追加されるという新ルール。メジャーでは開幕カードを終えた時点の平均試合時間が昨季の3時間8分から、今季は2時間38分と約30分の短縮が図られたのだという。

 米国時間2月25日のオープン戦では、九回裏2死満塁の攻撃中に打者がピッチクロック違反を取られて三振となり、同点のまま試合が終了するという珍事が発生した。今季からレッドソックスに加入した吉田も同26日のレイズとのオープン戦でピッチクロック違反を取られ、エンゼルスの大谷は同4月5日のマリナーズ戦でメジャー史上初となる投打でピッチクロック違反を取られるシーンがあった。

 日本の公認野球規則には「塁に走者がいないとき、投手はボールを受けた後12秒以内に打者に投球しなければならない。投手がこの規則に違反して試合を長引かせた場合には、球審はボールを宣告する」と明記されている。12秒の計測は「投手がボールを所持し、打者がバッターボックスに入り、投手に面した時に始まり、ボールが投手の手から離れた時に終わる」ことを指すとある。

 社会人野球と大学野球を所管する日本野球連盟(JABA)は、今季からスピードアップに関する特別規則を適用するとし、走者がいない場合は12秒以内、走者がいる場合はメジャーと同じ20秒以内に投球動作を開始することを義務づけた。

 また、メジャーと同様、走者に対するけん制球は2度までとされ、3度目以降は走者をアウトにするか、走者が進塁するか、あるいはランダウンプレーとなる以外は、ボークが宣告されるというルールなども導入された。

 ではプロ野球はどうかと言えば、セ・パ・両リーグのアグリーメントには「投手は、塁に走者がいないとき、ボールを受けたあと15秒以内に投球すること」とし、15秒の計測は「投手がボールを受けた時点で計測を開始するものとする」と記されている。導入元年の2009年に巨人・工藤公康投手が適用1号となったが、その後に“摘発”されるケースは極めて少なく、有名無実化しているのが現状だ。

 だが、NPBの井原事務局長はピッチクロックについて、昨年10月の実行委員会後に「実際に導入したMLBの状況を確認していく。様子を追って、それから検討する」と話している。メジャーで20年に導入されたワンポイント投手の禁止やタイブレーク制度は見送られているが、リクエスト制度、申告敬遠、コリジョン制度など、メジャーで導入された後に日本で採用されるケースが多いだけに、将来的に導入される可能性は否定できない。

 阪神主戦投手として1985年に12勝を挙げ、リーグ優勝に貢献したプロ野球解説者の中田良弘氏は、投手出身の立場からピッチクロック制度導入に反対意見を示した。

 「試合時間を短縮する上で一番大事なのは、バッテリーのサイン交換の時間を短くすることであって、ピッチクロックの導入ではない」と声高に訴える。「過去にサイン盗み疑惑があったり、球種を見破られたくないからとサインを複雑化して時間がかかっている部分が大きい。改めてどの球団においてもサイン盗みなどの行為をしないとすれば、不必要な時間は自然と削られていくはず」と、サイン交換の時短、簡素化と、相手バッテリーのサインを盗まないという再度のルール設定が重要だと位置づけた。

 中田氏がピッチクロックの導入に反対するのには別の理由もある。「どんな対戦結果が出るか分からないけど、投手が時計に追われて本来の力が発揮できなくなる可能性があるのがまず嫌なこと」だとした。続けて「投手からすると、走者がいない場合は、相手に考えさせる時間を少なくさせる意味でプラスに働くかもだけど、走者がいる場合はテンポがワンパターンになる可能性があるし、ボールを長く持って走者のスタートを遅くさせるという技が殺されてしまう側面もある」とし、「日本の野球ってのは、投手と打者の駆け引きであったり、間(ま)を楽しむスポーツでしょ」と時間短縮に縛られるあまり、これまで長く日本で愛されてきた“時間の使い方”が見られなくなってしまう危険性を指摘した。

 加えて、メジャーでは基本的に本拠地球場での開催が主だが、日本では地方球場での試合が何試合も組まれている。ピッチクロック導入となればタイマー設置などのハード面での環境整備、人的投資も必要になってくることは明白で、では来年からと、一足飛びに事を進められる事案ではないと思われる。

 日本ファンの心を震わせたWBC決勝。九回2死無走者。最後は大谷が曲がり幅43センチの強烈スイーパーでトラウトを空振り三振に仕留めた全6球の勝負も、VTRで検証すると、全てが投球動作を起こすまでに15秒以上を要していた。これをピッチクロック違反と片付けて誰が喜ぶのだろう。いたずらに時間をかけることは避けるべきだが、まばたきを惜しみ、息をのむ時の流れを味わえなくなるのだとしたら、いち野球ファンとして悲しい。(デイリースポーツ・鈴木健一)

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