９月２３日は中村勝広さんの命日。今年は七回忌にあたる。阪神やオリックスで監督を務め、亡くなる直前までタイガースのＧＭとして奔走し、在任中に死去した中村さんを偲ぶ人は多い。

　「店によく来てくれたんですよ。僕のことを気遣ってくれていたことがよく分かりました」

　そう言って振り返るのは野田浩司さん（５３）。現役引退後、神戸に出した「まる九」という九州の味にこだわる店に、中村さんはよく顔を見せていた。

　店ではアルコールが回ると、決まって“お前が成功したのはオレのお陰なんだよ”と笑いながら話していたという。

　野田さんは９２年オフ、松永浩美とのトレードで阪神からオリックスへ移籍した。

　翌年、１７勝を挙げて最多勝のタイトルを獲得。９５、９６年にはリーグ優勝にも貢献した。

　「トレードを聞いた時はショックでしたけど、結果的にはよかったですね。（当時の土井正三）監督からは“パ・リーグはＤＨ制だから多少点を取られても代えない”と言われていたし、ほったらかしというか、自由な気風も僕に合っていたのかもしれません」

　だから中村さんから“オレのお陰だ”と言われると、「はい、感謝してます」と同じように笑って返していた。

　今は知人に店を譲っているが、当時は経営者である野田さんに気を遣い、度々店を訪れてくれたその気持ちにも「感謝している」と話す。

　元阪神球団社長の南信男さん（６６）もまた、中村さん特有の“配慮”を間近で感じていた。

　中村さんは阪神監督時代、サイン色紙に「尽くして力まず、施して求めない」との言葉を必ず添えていたという。

　「いつも相手の立場を考える優しい性格で、この言葉には“人のせいにしない、見返りを求めない”という中村さんの人柄がにじみ出ていると思う」

　中村さんは９０年から９５年の途中まで指揮を執り、南さんは９０年から９４年まで監督付広報の立場で、マスコミの対応にもあたっていた。

　チーム成績が落ちると強烈な批判にさらされるのが、この世界の常。しかし…

　「中村さんは“新聞社の人たちも仕事なんだから”と言ってグッと我慢する。カリカリするのは私の方でした」

　逆になだめられることが多かった。

　時は流れ、南球団社長－中村ＧＭのラインでチームを推進していた２０１５年９月２３日。中村さんは急逝した。

　前日の東京ドーム。優勝争いをしていた阪神は、デーゲームで宿敵巨人に完封負けを喫した。かなりストレスのたまる試合だった。

　ゲームが終わり球団ブースを出る際、「どこかメシでも行きますか」と食事に誘った南さんに、中村さんは「今日は疲れたからやめとくわ」と言い残して先に宿舎へ戻った。

　それが最後の会話になった。

　激務のＧＭ職。血圧が高いのを心配して、声もかけていた。８月に渡米。翌年戦力の補強作業に追われるなか、１２連戦中の東京遠征で倒れた。脳出血。６６歳だった。

　南さんは「球団に引っ張り込んで、苦労をかけてしまったのは私ですから。申し訳ないことをしたと、今でも思う」と心の中で手を合わせる。

　この年の６月２３日。三好一彦さんは、たまたま訪れた２軍施設の鳴尾浜球場で中村さんに会っていた。

　三塁側のベンチに座って練習を眺めていると突然、「社長！」と声をかけられ驚いた。

　１９９８年１０月に球団を離れて以来、ゆっくり話したことがなかったこともあり、この日は時間がたつのも忘れて、昔話に花を咲かせた。

　かつて球団社長と監督の関係で“戦場”に出た２人。だから三好さんは中村さんを「戦友」と呼ぶ。その戦場では苦労の方が遙かに多かった。

　昼になり施設内で食事をよばれ、中村さんが取り分けて運んでくれた。食後のコーヒーとあんみつも。

　帰りはゲートまで見送ってくれた。肩越しに見えた丁寧なおじぎが忘れられない。

　突然の別れから１カ月近く経過した１０月１５日。

　三好さんは、礼を尽くして応対してもらった当日のこと、そして戦友として戦った５年半の思い出と、監督・中村勝広の功績を便箋７枚にしたためて、喜子夫人へ送った。

　書かずにはおれなかった。

　亡くなる直前に、鳴尾浜で２人を引き合わせた偶然の再会を、今でも不思議に感じる。

　「あの日は懐かしくて長いこと話をしました。弾んだ声で、あんなに元気そうやったのに。あれが最後になったんやなあ」

　９月２３日。今年は七回忌になる。

　中村さんの命日であるこの日、９１歳を迎えた三好さんは「惜しい人ほど早よ亡くなるんやなあ」としみじみつぶやいた。

（デイリースポーツ・宮田匡二）