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【スポーツ】現役時代の愛称は「居反りの伊東」近大相撲部監督が残した財産

 初場所中の大相撲に衝撃が走った。名門、近大相撲部の伊東勝人監督が18日、55歳の若さで急死した。新関脇朝乃山(25)=高砂=を始め、現在幕内の宝富士(32)=伊勢ケ浜、志摩ノ海(30)=木瀬、徳勝龍(33)=木瀬、十両の朝玉勢(高砂)らを育成。若松親方(元幕内朝乃若)楯山親方(元幕内誉富士)らも教え子だ。

 アマチュア相撲の名将は、現役時代もすご腕だった。身長は高くはないものの、がっちり筋肉質体形。1991年、全日本選手権の決勝は強烈なインパクトを残した。

 土俵際に追い込まれながら、繰り出したのは珍手中の珍手「居反(いぞ)り」。しゃがみこみ、のしかかる相手の膝を抱え、押し上げて後方に反り返り、後ろに相手を落とす大技だ。ただこの一番の勝敗は微妙だったため、審議の末、取り直しとなった。

 そして2度目。伊東監督は何と、最初から居反りにいった。今度は土俵中央で相手を抱え込み、後方に相手を落とした。文句のない居反りで勝利。初のアマチュア横綱を手にしたのだ。

 愛称は「居反りの伊東」。22年後、この「居反りの伊東」に救われたのが、のちに「居反り」を引っさげ、角界入りした元幕内、現序二段の宇良(27)=木瀬=だった。

 関学大3年時の2013年、ロシアで開催された「第2回ワールドコンバットゲームズ」の相撲で世界一に輝いた。同大会の日本チームに伊東監督も同行していた。

 宇良によれば、準決勝で居反りを決めた。勝ったと思ったが、外国人主審は相手方に軍配を上げた。見たこともない技に外国人が戸惑うのも無理はない。その時、副審を務めていた伊東監督が「違うよ、違うよ」と猛然と物言いを付けたのだ。

 混乱の中、確認作業を終え、主審の勝敗は差し違え。宇良が決勝に進出した。「物言いを付けてくれて判定が覆った」。伊東監督がいなければ、世界一の称号はなかった。

 居反りがつないだ運命の巡り合わせ。宇良はアクロバット力士として入門前からテレビでも取り上げられ、注目。15年春場所で初土俵を踏み、多彩な技とスピードを武器にスピード出世した。現在は2度の右膝手術を乗り越え、序二段で一歩ずつまた白星を重ね番付を上がっている。

 伊東監督は青森県出身で五所川原商高-近大と伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)の直系の後輩。同親方は「くにもん(同郷)だから。プロに入るか入らないか、うちの部屋に入らないかという話はした」と話し、プロ入りに悩む伊東監督の相談に乗ったこともある。

 「居反りの伊東」が角界に来たなら、宇良のように、どれほどワクワクさせる相撲を取っていたか。それでも、指導者の道を選んだ。大相撲の土俵を沸かす教え子らは我がことのようにうれしかっただろう。

 昨年末、記者は近大で伊東監督を取材した。「基本は育てて強くしたい選手を勧誘して強くしているのが正直なところ。未完の素材が好き」。完成された子よりも、大学4年で大きく伸ばすことが監督の喜びだった。

 今春の新入生もそれぞれ、「未完の大器」を自身の目で選び全国からスカウトしていた。「おもしろい子がいるんですよ」と1人1人の特長を挙げて情熱いっぱいに語っていた。「また学生日本一を獲りたい」との言葉はかなわぬまま。まだまだ道半ばで天国に旅立った。残念でならない。(デイリースポーツ・荒木 司)

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