【野球】元阪神・玉置が社会人野球で見つけたもの 背中を押した先輩・藤川に感謝

 野球界のオフシーズンは、選手にとってはさまざまな再出発の時期ともなる。元阪神で、今季、日本製鉄鹿島のコーチ兼投手を務めた玉置隆は、阪神・藤川球児からの言葉と共に、阪神を戦力外になった4年前のことをこう振り返る。

 「(その時期は)もう、野球に疲れてたんです。悩んだ時期でしたけど(藤川に)『おれには野球を続けない理由が分からない』『行ってみないと分からない景色がある』と言ってもらったんです」

 阪神には04年ドラフト9位入団。故障に苦しみ、1軍で勝ち星を挙げられずに15年に戦力外通告を受けた。現役引退もよぎった中、12球団合同トライアウトを受け、新日鉄住金鹿島(当時)からオファーをもらった。プロ野球からなじみのない社会人野球へ。迷いはあったが、自主トレも共にすることもあった偉大な先輩に背中を押されて入団を決めた。

 「本当に入って良かったです。最後に知れて良かったです、こんなに楽しい場所があると思わなかったので」

 11月3日の社会人野球日本選手権の準決勝・日本生命戦で先発して4回2失点で敗戦。そこで現役引退となったが、4年間の社会人野球に悔いはなかった。「地域をあげて、みんなが一丸となって応援してくれるんです」。普段は野球の練習以外の時間に仕事を行う日々。会社の人や地域の人がいつも声をかけて応援してくれた。満員の甲子園ではなくても、同じぐらい熱いものを背負って戦えた。

 「プロ野球は素晴らしい場所ですが、スタンドを見た時に、お客さんがみんな知っている人というのが社会人野球独特のもので。いろいろな方が応援してくださるというので、感謝の気持ちというか、チームとしてもこの一戦に負けたら終わりという、そこにかける思いですよね」

 日本選手権中には、わざわざ京セラドームに応援に駆けつけた藤川に食事にも誘われた。「(引退に関して)『(ここまで)よくやったな』と言ってくださいましたし、すごくうれしかったです」。7月の都市対抗の時には「カッコいい生き方してるな」とLINEももらったという。玉置の戦う姿に感じるものがあったからこそのことだろう。

 「(社会人では)まず全国に出るというのがずっと目標でした。それが4年間、ずっと出られました。そうなると欲が出るもので全国制覇を目指してきましたけど、忘れてはいけないのが、まず出ることが会社への恩返しなんです。それが一番かなと。地域の人に笑ってもらえる、喜んでもらえるということは達成できたかなと。そういう意味では4年間は100点満点だったのかなと」

 純粋に野球を追い求め、4年前の藤川の言葉通りに違う景色を見ることができた。「(社会人野球は)大人が高校生みたいにギャアギャア騒ぎながらやるのが、素晴らしいことだなと」。野球から離れた今の目標は「家族と幸せに過ごせたらなと。それが元々のスタートなので」と笑う。ステージを変えても野球人としての誇りを貫いた。幸せだった野球人生は、玉置を応援した人たちも幸せにしたはずだ。(デイリースポーツ・道辻歩)

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