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【野球】23年間の監督生活を支えた“2人の広商OB”からの教え

昨夏、5年ぶりの都市対抗出場を決め、胴上げされる伯和の東監督
東監督
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 社会人野球の伯和ビクトリーズ(東広島市)の監督を務め、昨秋退任した東賢孝氏(47)。前身のリースキン硬式野球部を含めて23年間にわたってチームを指揮し、その間、都市対抗野球に9度、日本選手権にも6度チームを導いた名将だ。

 1月下旬、広島市内のホテルで行われた監督退任をねぎらう「慰労会」には、プロ野球各球団のスカウトや社会人、大学、高校野球関係者ら約100人が出席。野球への熱い思いを秘めた東氏の人柄を物語るエピソードが披露され、新たな門出にエールが送られた。

 東氏は「まさか、ここまで長く監督を続けられるとは思っていなかった。人に恵まれた野球人生でした。やりきった思いが強く、今はすっきりした気持ちです」と話す。

 広島商、大商大時代は捕手。94年に大学を卒業し、社会人のリースキン硬式野球部に入部した。しかし、2年目の春に監督が体調を崩し、急きょ東氏が代理監督を務めることになった。翌96年、わずか2年で現役生活にピリオドを打ち、監督に就任。「東しか監督を任せられる者はいない」と会社から強く説得されての決断だった。

 04年にリースキンが廃部となり、チームを引き継いだ伯和でも引き続き指揮を執った。リースキンで9年、伯和で14年の監督生活。その間、9度出場した都市対抗では2012年に8強入り、6度出場した日本選手権でも2015年に4強入りを果たした。

 監督生活を振り返ると、大きな影響を受けた2人の人物がいる。一人は広島商時代の恩師である故・川本幸生監督だ。「高校時代は今から思い出しても地獄のような3年間でしたけど、あの時に学んだ“広商野球”が私の野球人生の土台になっています」。

 伯和はライバルの大手企業と違って、能力の高い選手を集めることは容易ではない。そんな不利な状況の中で勝ち抜く術(すべ)が広商野球には詰まっている。「投手を中心に守りを固めて少ないチャンスをものにするのが広商野球。社会人でもその野球を貫き通しました」と語る。

 もう一人は広島商の大先輩でもある元カープヘッドコーチの大下剛史さん。リースキンの監督時代からアドバイスを受けてきた。なかでも忘れられない出来事がある。03年、ある試合で1点ビハインドの七回無死一塁で4番打者に送りバントのサインを出した。しかし、この好機を生かせずチームは敗戦。試合後、大下さんから「なぜお前が選んだ4番打者を信用しない?そんなことをしてるから、いつまでもたっても大事な試合で勝つことができないんだ」と、こっぴどく怒られた。

 「選手を信じることの大切さを教えていただきました。ただ勝ちたいだけでは選手はついてこない。大下さんの一言で目が覚めました」。その翌年、監督9年目で初めて全国大会出場を果たした。“2人の恩師”から学んだ野球哲学は東氏の監督生活の大きな支えとなった。

 引き際は数年前から考えていたという。昨秋、日本選手権の中国地区予選敗退を最後に監督から退き、内山ヘッドコーチにバトンを渡した。今後は総監督として、これまで築いた人脈を生かして選手採用などチームの編成面を支えていく。

 「グラウンドを離れる寂しさというのはありません。むしろ外から野球を見ることで、どんな新しい景色が見られるのか、どんな気づきがあるのか、今からワクワクしているんです。そういう発見がまたこれからの私の野球人生の財産になると思っています」。

 成し遂げられなかった「日本一」の夢は次の世代に託す。「頂点に立てなかったことが唯一の心残りといえば心残り。内山監督や選手を期待感を持って応援していきたい」。監督生活には区切りをつけたが、チーム、そして野球を愛する気持ちは変わることはない。(デイリースポーツ・工藤直樹)

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