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【スポーツ】なにわレーサーが全米ヒーローへ NASCARドライバー植野浩行

異国の地でカーレースに情熱を傾ける植野浩行さん(撮影・保田叔久)
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 野球の本場、メジャーリーグを舞台に、“二刀流”の大活躍で、全米のファンを熱狂の渦に巻き込んだエンゼルス・大谷翔平。だが、彼が所属するアナハイムからほど近い街、ラハブラを拠点に、関西人の“普通のおっちゃん”による、獅子奮迅の躍動はあまり知られていない。

 大阪府狭山市出身の植野浩行さん(40)は、全米で国民的人気を誇るカーレース「NASCAR」に籍を置くレーサー。171センチ、83キロの堂々とした体格だが「ストイックで無口になると死んでしまう」と、冗舌で愛きょうたっぷりの“おっちゃん”選手だ。レースでは競輪に近い、角度のあるオーバルコースを、数十台のレーシングカーと共に、時速300キロの猛スピードで疾走。100~400周を周回し、時にはクラッシュの憂き目に遭いながらも、上位ポジションを争う過酷なレースに挑み続けている。

 国内では16歳から「全てのレースのベースになった」バイクレースに参戦し、32歳からはカーレースにも挑戦。バイクや車のエアロパーツを製作する会社も立ち上げるなど、順風満帆な生活を過ごしてきたが、転機は2015年5月に訪れる。37歳で一念発起して渡米。訪れたアナハイムの地で「たまたま友人の手伝いで、カーレース仲間の走行会に参加したら、タイムがかなり良かった」と韋駄天(いだてん)の快走が、NASCAR関係者の目に留まった。

 「レースの組み立て方や、短い時間でタイムを出せる方法は、バイクで培った経験からだいたいパターン化できる。NASCARの車に乗っても、感覚的に反応がすぐ分かりましたね」。10月にスポット参戦でデビュー(予選5位、決勝8位)を飾ると、16年はシリーズをフル参戦。年間ランキングは4位、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得する好成績を樹立し、持てる才能を存分に発揮した。

 植野さんの活躍はレースだけでは収まらない。年間のレースを戦い抜く資金を得るため“スポンサー集め”に自ら汗を流す。

 NASCARは、コース内で日本の屋台に近い露店が軒を連ね、多くの家族連れやファンが来場。レース前の選手との交流や、バラエティー豊かなお店巡りが風物詩でもある。

 「全米進出を狙う日本企業に依頼して、ソースや具材を仕入れてます」。レーシングスーツに身を包んだ植野さん自身が、露店で多くのファンに、提供された具材を生かしチキンボール(照り焼き丼)を販売。すると、和風のテイストはまたたく間に評判となり、当初は出店を渋っていた、レース場のレギュラーメニューに昇格。日本企業からも、確かな信頼を勝ち取った。

 「レースで普通に競走はしているが、実は興行に近い感じ。いかにお客を喜ばせるか、お客を引っ張って来られる選手に価値を見いだしてくれる」。生存競争の激しいアメリカ社会を生き抜くためには、ルールに基づいた上で、自らのアピールは欠かせない。「いつも笑顔で人当たりが良く、日本のスポンサーが付いているのが僕の強み。レーサーというより、営業マンですね」と大谷に負けじと“二刀流”の活躍に胸を張った。

 レーサーとしての地位は確立したが、決して人生に楽な道のりはなく、多くのトラブルも抱えてきた。「失敗してもええんちゃう、あきらめなければ、もう一回できるで、というのを証明したい。夢を描ける日本人がいれば、夢を描けばいい。失敗しても誰も責めないが、何もしていない方が笑われる」と植野さんの後に続く挑戦者たちへ、温かいフォローも忘れてはいない。「性格も最初はネガティブだったけど、レースに参加してから自信が付いた。気持ちが腐っていたら全てがマイナスになるけど、考え方ひとつで前向きに生きられる」と陽気な笑顔を輝かせた。

 今後の活躍次第では、クラス最高峰のレース「デイトナ500」出走も夢ではない。目指すは全てのファンが一体となる、歓喜のウイニングラン-。表彰台の頂点を目指す。「お客さんを喜ばせたい。その感動はめっちゃ大きいですからね」。17年から、大阪観光特使も務める“なにわのレーサー”が、全米のヒーローへ進化を遂げる日も、そう遠い未来ではない。(デイリースポーツ・保田叔久)

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