【芸能】坂本龍一ががんと闘った日常生活とは~新作映画で描かれる全身音楽家
音楽家・坂本龍一(65)の創作活動を追ったドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:CODA」(スティーブン・ノムラ・シブル監督)が11月4日から公開される。2014年に発覚した中咽頭がんと闘う坂本の日常生活が淡々と描かれている点も印象に残った。
フルーツと茶だけの食事シーンでは、一口大に切ったバナナを一口で食べられず、その半分を口に入れて咀嚼(そしゃく)する様子をカメラはじっと捉える。生きるために食べる-。そんな義務感がスクリーンから伝わり、こちらもしんどくなるのだが、そのことによって病との闘いがリアルに体感できた。
歯磨きのシーンでは、時間をかけて念入りに磨く姿がしつように撮られている。がん治療による歯やあご骨への影響を口にし、歯ブラシを縦にして“強迫観念”にとらわれているかのような磨き方。加齢による身体の衰えは当たり前のことだが、健康でいる間は忘れがちな、その“当たり前”を痛感した。
そんな日常生活を見ながら、坂本がYMO時代に生んだ曲を思い出した。1983年、YMOが“散開”を宣言後にリリースしたアルバム「サービス」に収録された「パースペクティブ」という曲だ。坂本の作詞(英語詞でピーター・バラカンとの共作)、作曲で自らボーカルをとった。
「エブリデイ アイ ●● ○○」と、●●には動詞、○○には名詞が入り、「毎日、僕は●●する」というフレーズが繰り返される。その歌詞の中、「毎日、僕は歯を磨く(エブリデイ アイ ブラッシュ マイ ティース)」の部分と映像がシンクロした。どんなことが起きても、淡々と日常は過ぎていく。単純な歌詞の反復によって、そう強く実感させられる曲だった。
東京国際映画祭での第4回SAMURAI賞授賞を記念し、都内で行われた坂本のトークイベントでのこと。音楽を学ぶ女子学生から「後世に何を残したいか」という質問が飛び、坂本は「要するに、僕が死んだ後のことね」と笑顔を浮かべながら、こう答えた。
「音楽や本など、亡くなった人たちの遺産を滋養にして僕たちは育ってきたわけだけど、死んだ後にどう思われるか、自分では決められない。僕はただ、とても親しかった(作曲家)武満徹さんの音楽を100年後の人は聴くのかなとか、ビートルズは100年後の人も聴いているだろうなとか、そんなことは考えますけど、自分が100年後に聴かれたいとは別に思わない。忘れ去られても全然構わない。目先のことを近視眼的にやっていることが多いので」
「目先のこと=監督からのオファー」に対して職人に徹する姿勢を、坂本は「映画は監督のもの。僕は一兵卒」と表現した。俳優としてデビッド・ボウイやビートたけしと共演し、初めて映画音楽を手掛けた「戦場のメリークリスマス」の大島渚監督から後年、「たけしは映画を撮ってるのに、(坂本は)撮らないのか?お前は卑怯(ひきょう)者だ!」と罵倒されたエピソードを披露して笑いを誘いながら、「僕にはビジュアルの才能がない。才能がない人は監督をやっちゃいけないんです」と言い切った。
新作映画では、東日本大震災で津波に流されたピアノを演奏するシーンが心に残る。“自然の調律”を受けたピアノから、坂本の身体を媒介にして引き出される音。同作で引用される映画「レヴェナント:蘇えりし者」のシンプルな音楽にも、極寒地の風や氷が溶けてきしむ自然音などが混在する。「いい映画に音楽は必要ない。自分の職業を否定するみたいですけど、そう思います」。そう語る坂本が淡々と音楽に向き合う日常の中でたどり着いた自然回帰。そこには、筋金入りの“全身音楽家”がいた。(北村泰介)
