【ライフ】温泉アナリスト、被災地支援

 九州を拠点にテレビ番組でMCやリポーターとして活躍する温泉アナリストの北出恭子さん(32)が5月に初出版した温泉ガイド「九州絶品温泉 ドコ行こ?」が、九州の温泉経営者や温泉ファンの間で「初心者からマニアまで楽しめる充実した内容」と評判になっている。北出さんは年間入湯数300以上で、1日に10カ所以上入ることもある超が付くマニア。その魅力にハマって関連資格を11個も取得した。どんな人だろうと思って会ってみると、温泉に入ったようにほっこりした気分にしてくれた。

 本はこれまで北出さんが実際に入ってきた九州7県の数多くの温泉の中から、特に泉質がおすすめと感じた54湯を独自に厳選。各湯の歴史、温泉装置などの詳細な施設紹介に加え、施設充実度、フレッシュ度、ヌルヌル度、美肌度、個性度、絶景度といった感覚データをグラフ化。温泉分析表の見方や体に優しい温泉入浴法などについてもわかりやすく解説し、温泉大国・九州の魅力を存分に伝えている。

 ふだんは福岡や佐賀、熊本のテレビ局の情報番組のMCやリポーター、イベントの司会などの仕事をする北出さんだが、温泉をこよなく愛する大の温泉マニア。年間入湯数は300湯以上といい、温泉マイスターなど温泉関連の資格を11個も持つ。

 北出さんは山口県出身。小さい頃から歌手を夢見て、ダンスやボイストレーニングを積んだ。17歳のとき、自主製作したCDが福岡のテレビ局の音楽番組プロデューサーの目にとまり、密着取材を受けたこともあったが、結局、歌手デビューの夢はかなわず、19歳からはテレビのリポーターになった。「何か自分だけにしかできないことはないか」と思案していた29歳のある日、福岡県内の温泉施設で、湯上がりにコーヒー牛乳を飲んでいると、壁の掲示板に「温泉ソムリエ」と書かれた資格取得講習開催の告知チラシが目にとまる。

 数日後に受講すると、「それまで温泉の知識など全くなかった私ですが、温泉とはそもそもどういうもので、泉質の種類や特徴、正しい入浴法、さらには温泉分析書の読み方も丁寧に教えてくれて、なるほどなるほどと。目からウロコだったんです」。

 元々、理科や化学に興味があったこともあり、講習会がきっかけで温泉にハマった北出さんは、実際にいろんな温泉に入ってみたくなり、怒涛(どとう)の温泉めぐりに繰り出す。

 九州の名湯八十八湯をめぐる「九州温泉道」というスタンプラリーがある。通常は3年ほどかけて回るが、北出さんは1年あまりで88カ所を制覇。「泉人」の称号を得た。「行く所、行く所がいい温泉なんですよ。ここは青いお湯だとか、ヌルヌルで美肌にいいとか、秘境だとか、足元から湧いてるとか。一口に温泉っていうけれど、溶け込んでいる物質の種類や量、pH、温度、色、香り、味など、それぞれが驚くほど個性豊かで、一つとして同じ温泉はないんです。入るたびにいつも新しい発見があり、次はどんな温泉に出会えるかなとワクワクするんです」と笑顔で話す。

 「一度これをやると決めたら、とことんやらないと気が済まないタイプ」という北出さん。その後、温泉マイスター、温泉入浴指導員、温泉観光士、温泉保養士(バルネオセラピスト)など、現在までに11の温泉関連資格を取得。「一番になりたいとか目立ちたいとかが目的ではなく、温泉についてもっと知りたいという好奇心と探究心、それだけです。地球の内部がどうなってるかとか、地質学などもこれから勉強したい(笑)」。

 暇な時間ができるとすぐに車で温泉へ。多いときは1日10カ所以上めぐりることもあるという。「誰もついてこれないので、大抵は1人で行きます」。服装は、頭からかぶってすぐに着替えられる速乾性のブラ付きワンピース。足元はサンダル。髪留めで長い髪をまとめ、顔はいつもすっぴんだ。

 温泉に入ると「まずはお湯の色、温度、肌触り、溶け込んでる物質、湧出量などをチェックします。湯口で香りをかぎ、口にも含みます。すっぱければ酸性度が強いとか、ちょっと苦いからマグネシウムが多いとか、どんな成分がどれくらい入っているか全身で確かめます。そうやって、pH値はこれくらいかなあとか、自分なりにつかんだ感覚を温泉分析表と照らし合わせるんです。あとは、お湯がどれくらいの新鮮さを保っているか、浴槽の装置を見ます。配管がどうなってるか、浴槽から裸で出て調べたり。変な人ですよね(笑)」。

 1カ所の滞在時間は約15分。すぐに次の場所へ移動する。ジモ泉(地元の人たちの共同浴場)、野湯(自然に湧き出してる温泉)も探して入る。もちろん九州だけではなく日本全国、海外にも行く。「温泉って気持ちいいなっていうだけでももちろんいいんですよ。私もそうでした。でも、泉質の種類とか分析表の見方などの知識があると、温泉の味わいや満足度はかなり違ってきますよ。ちょうどレストランで、料理長から素材の説明を受けてから料理を食べると、より納得しておいしく感じられるのと同じです」。

 熊本地震では、震災後に九州各県の宿泊施設で52万件以上のキャンセルがあり、九州の観光業界は大きな痛手を負っている。震度6強を観測した阿蘇では、温泉が出なくなるなど壊滅的な被害を受けた温泉施設もある。また、黒川温泉がある南小国町や、大分県の湯布院、別府などの温泉地では、地震による被害は少なかったものの、風評被害は深刻で、観光客を呼び戻すためのPR活動が続けられている。

 「熊本や大分にはたくさんの温泉関係者の仲間がいます。温泉地の復興の様子や現状をテレビやSNSなどを通じて情報発信することや観光PR活動のお手伝いなど、私にできることは微力ですが、少しでも力になりたい」と北出さん。

 12日に博多駅前で行われた南小国町の復興支援イベントには、ボランティアで駆けつけ、道行く人に同町で利用できるプレミアム商品券の購入を呼びかけた。冒頭で紹介した本の売り上げの一部は、被災地に寄付するつもりだ。

 数多くの温泉を巡るなかで、北出さんが気づいたのは「温泉施設を維持していくことの大変さ」だ。「とてもいいお湯なのに、経営難や後継者不足などで廃業に追い込まれる施設が少なくないんです」。熊本地震の影響もさることながら、過疎高齢化や人口減による温泉離れなど、温泉地を取り巻く経営環境は厳しい。

 そうした現状をなんとかしたいと、北出さんはこの5月、「Spring Labo」という会社を立ち上げた。「インバウンドを呼び込むための施策、経費削減をして低コストで温泉経営ができる装置やシステムの開発、地域の特産を生かした製品の開発や販売、温泉開発のアドバイスや温泉セミナーの開催など、温泉地を活性化し、そこで働く人たちと温泉を守るしくみを作りたい。今はまだ夢の段階ですが、一つずつ実現させていって、日本の宝である温泉を次世代につないでいきたい」。瞳を輝かせながら、北出さんはそう語った。(デイリースポーツ特約記者 西松宏)

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