女優・三浦透子、初単独主演映画『そばかす』は「一緒に考えてみてほしい」

2021年の出演作『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)は、『第94回アカデミー賞』で作品賞・脚色賞を含む計4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞し、世界的評価を獲得。また、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では義経の正妻・里役をつとめ、さらには現在放送中のドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』ではヘアメイク・チェリーさんを演じる、今もっとも注目を集める女優・三浦透子。

そんな彼女が映画『そばかす』にて、初の単独主演を果たす。他人に恋愛感情を抱かない(アクセシャル)30歳の主人公・蘇畑佳純が、チェリストになる夢を諦めて実家に戻り、コールセンターで働きながら単調な毎日を過ごすなかで、周囲と向き合いながら自分自身を見つめ直していく物語だ。メガホンをとったのは、劇団「玉田企画」を主宰する玉田真也監督。その作品について、三浦透子に話を訊いた。

取材・文/ミルクマン斉藤 写真/バンリ

◆「『そのままで良いんだよ』というメッセージ」

──今、まさに映画、テレビと八面六臂の活躍という言葉が相応しいと思うのですが。今回の作品は今まで演じられたことが無いタイプのキャラクターですよね。というか、日本映画ではまだまだ触れられていない部分を扱った作品で。

アセクシャルの女性を主役にした作品というのがほとんどないので。そういった意味で、新しい作品であったとは思います。

──でも、作品のなかでは一言も「アセクシャル」という言葉は使ってませんよね。これは意図したものだと思うのですが。

はい、意図的です。この映画でいちばん伝えたいところは、「あなたは女だから、男だから」とか、「こういう仕事をしている人だから」とか、「何歳だ」とか、そういうラベルで見るんではなくて、個人とちゃんと向かい合いましょう、ということ。そのやさしさが人を救う。隣の誰かを救うコミュニケーションに繋がるんだということなので。

もちろん、佳純自身が自分のセクシャリティも含めて悩んでいるからというのもありますが、ただそれだけじゃなくって。完全に佳純とは一致しないけれど近いところがあるなと感じるような、間にいる人たちの心も救いたい、という思いもあるんです。

佳純自身も定まっていない複雑さというものがあるわけで、「明確に線を引くようなことはしなくて良いんじゃないか、そのままで良いんだよ」というメッセージを伝えるために敢えて使っていないところがあります。

──それこそまさに、多様性というものですしね。佳純という人間は個々の男性や個々の女性に対して、しっかりと1対1で向き合いますよね。

佳純の成長の話ではありますけど、個人と向き合うことのできる強さは、最初から一貫して持っているという印象はありました。

──そこにはいろんな人が関わってきて、例えば一番大きい存在が前田敦子さん扮する元AV女優の真帆だと思うんですが、三浦さんと前田さんとのコンビネーションが実に良い。2人だけでいる空間に爽やかな風が吹いているというか。特に夜のキャンプの一連のシーンなんて素晴らしいと思うんですけれども。前田さんとは初めてですか?

映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年・冨永昌敬監督)という作品でご一緒させていただいるんですが、そのときは共演シーンがなかったので、ちゃんとお芝居するのは今回が初めてでした。

やっぱり、真帆が持つかっこよさみたいなものを前田さんご自身が持っていらして、私自身も何かそこに対して特段の努力をすることなく、2人の関係性とか、真帆へのリスペクトみたいなものを自然に持てたというのは前田さんだったからだと思います。本当にいろんな場面で助けていただきました。

◆「それは違うと思います(笑)。でも、面白い解釈」

──あの会話の空気感というのがこの映画は大きいと思うんですよ。例えば家族のシーンはいつも長回しですよね。ああいう演出法は、演劇をフィールドにしておられる監督ならではの感じがしたんですが、玉田真也監督とはどういう感じでしたか?

舞台を演出されるときは、ほとんど当て書きだとおっしゃっていました。本人のパーソナリティみたいなものを知った上でお仕事を一緒にしたいと思ってる方なんだろうなと感じましたね。撮影に入る前から、すごく丁寧に芝居に入る前のコミュニケーションを大切にしてくださいましたし、そういう意味で緊張せずにリラックスして現場に臨めたなと思います。

──ところで、この『そばかす』というタイトルなんですが・・・。

単に役名が「蘇畑佳純」だからです(笑)。

──それはそうなんでしょうけど、なにか含みがある気がするんですよ。昔のアニメソングじゃないですが、佳純の心には、ちょっと人とは違う特徴がある。そんなの気にしないで普通に生きていたいんだけど、どうにも異質なものとして社会からは見られてしまう。そんなジレンマから「そばかすなんて気にしないわ」とはっきり個性と自覚するに至る物語だと思ったんですね。

あぁあ(笑)。そこまでの意味はないらしいですけど。でも、そうやって受け取ってもらうのも良いと思います。

──もうひとつ、この映画のなかでの大きい要素として、もともと佳純が音楽を志していたという点がありますよね。しかも楽器がチェロであると。

それは、映画のなかで佳純自身が言ってるんですよね、チェロに惹かれた動機を「人間の声に一番近いから」と。彼女自身が自分の思いを言葉にするという行為に苦手意識があって、それをしてこなかったというなかで、なにか自分の思いを伝える手段としての音楽があり、それを選んだ理由のひとつが「人の声に近いから」ということだと思います。

──彼女がチェロをやめてしまったのも、家庭の経済的事情とともに、自分の声を発することを止めてしまった、ということかも知れないなと。

いろんな理由がありますね。

──あと、チェロという楽器のボディですね。よく言われることにチェロは人間の身体にも最も近くて、女性にとっては男性であり、男性にとっては女性でありみたいなことを。それを抱くようにして人間の声を奏でさせる。かなりセクシュアルな意味が含まれますが、あながち間違ってないような気もするんです。

そうなんですか。どうでしょう? 私はそこに関しては聞いたことがなかったので。男性女性というようなことはあまり考えてませんでしたが、でも、人の形に似てるなと言うのは確かに感じましたね。

私、歌も歌うんですけど、身体そのものがすごく楽器だなという感じが自分自身すごくあって。筒だっていうか、この筒で音を作って響かせているって感覚なんですけど。だから、同じくらいのサイズのものがあって、そこから人間の声に一番近い音が鳴るというのは、なるほどというか。

──まったく勝手に深読みしてみると、セックスというものにあまり重みを置かないアセクシャルな女性がチェロを弾くのを止めたのは、そんな自分のセクシャリティに自覚を持ったからかなぁとか(笑)。

それは違うと思います(笑)。でも、面白い解釈です。ありがとうございます。

◆「すごく意味のある時間になるんじゃないかなって」

──前田さん演じる真帆の結婚式で、ヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』(ヘンデル作曲のオペラ『セルセ』第1幕冒頭 のアリア)を演奏するでしょ。原曲のアリアって「今までこれほど、愛しくてやさしくて心地のいい木の陰はなかった」って歌詞なんですよね。それは真帆に対するリスペクトというか、シンパシーというか、あるいはシスターフッド的でもある愛情を告白したのかな、なんて。

その選曲は玉田監督ですね。そのことも、監督に訊いてみたいですね。

──だとすると、なかなか洒落てるなぁ、と思ったりもしたのですが。ところで、この映画の最初と最後に出てきて、ひとつの枠組みを作っているのが、なんとトム・クルーズの『宇宙戦争』(2005年)だという。

あの映画の話が繰り返し出てくることの意味は、他者との関係性の変化を示しているというより、佳純が佳純の好きなものを話すときの話し方というか、自分が自分のことを話すというシーンとして効いているんじゃないでしょうか。合コン相手との最初のシーンで映画の話をするときは、自分が熱中しているものの話をするとき、なんとなく後悔があるんですね。

「こういう話って理解されないんだった」「またやってしまったな」という。だけど、ラストで天藤(北村匠海)と話してるときって、相手がどういう風に受け取るかを気にせずに「自分はその映画が好きです」と話せるようになっている。そんな成長の変化を示しているような感じが私はしていました。

──同じことを話しているんだけれども、より自分のなかで素直に物事を話せるようになった。

そうですね。自分はこういうものが好きです、ということを素直に。天藤は「なんでトム・クルーズが逃げるところが好きなんですか」と訊いていますけれど、彼自身がそれに共感できたかどうかは分からない。別に共感できていなくても共有できるものはあるというか。

それはお互いが持つ「恋愛というものに対する価値観」が共有できたんだと思いました。(保育園で披露するために佳純と真帆が作る、佳純の心情に正直な)『シンデレラ』という紙芝居を見て、こういう考えの人がいるんだってことに、彼は触れたと言って。

──脚本のアサダアツシさんとはお話しされましたか? アサダさんは今泉力哉監督の『his』(2020年)で男性同士のカップルを描かれたばかりですが。

アサダさんとはたくさんお話しました。アセクシャルの役を演じてもらうにあたって、そうしたセクシュアリティの当事者が演じなければいけないのか、というような議論もあるなかで、やっぱり演じてもらいたいと思う役者さんを探すのはすごく難しいと感じられていたみたいで。

そのなかで私の作品を見てお願いできるんじゃないかと思いました、とお手紙でいただきまして。私も自分がどうしても彼女のことが理解できないと思ってしまうんだったら、自分はやらない方が良いのかなと思っていました。けど、すごく自然に分かるところが多くて。この映画と関われる時間が、自分の人生にとってもすごく意味のある時間になるんじゃないかなって思ったので、出演のオファーをお受けしました。

◆「一緒に考えてほしい、という思いで作った作品」

──今のアメリカ映画界とかでは、そういうところで風当たりがあったりしますしね。個人的にはどうかと思うところもありますが。

お受けしてからも、アサダさんが『his』のときに、いろんな方を取材しているなかで出会ったアセクシャルの方に・・・今回監修に入られている方ですけど、その方とお話しする機会を設けていただいたりとか。やっぱりアセクシャルの方の大きな悩みというのは、カミングアウトしたときにすごく差別を受けるとか、態度を変えられるということは、ほかのセクシャリティに比べて無いんだけど、一番苦しいのは信じてもらえないことだっておっしゃっていて。

まだ本当に好きな人に出会ったことがないだけだとか、そのうち恋愛出来るようになるよって言われたりして、そういう感情がないんですというのを信じてもらえない、と。それをアサダさんが聞かれて、そういった悩みを抱えてる人に対してまずできることは知ってもらうことだと。そういうことで、こうやって映画という形で作品にすることが意味があるんじゃないかとおっしゃっていました。私も責任はしっかり感じないといけないなとずっと思っていまして。

──佳純に恋人がいないことを嘆いた母が、勝手にお見合いをセッティングしますが、そのお見合い相手の小暮(伊島空)はまさにアセクシャルそのものが理解できない。旧友で同僚の前原滉さんは、ゲイだと自分からカミングアウトする。で、真帆は東京に出てセックスそのものを仕事にするAV女優をやってたけど故郷に帰ってきた。この映画では、そういう性的にさまざまなキャラクターが描き分けられています。

もちろん、それぞれ性の在り方が違ったさまざまなキャラクターが登場する映画ではあるんですけど、そこだけじゃなくて。この映画で一番示したいってところは、それぞれが佳純とは違った理由で自分はマイノリティじゃないかと感じて生きている、それをわざわざ他者に分かるような形で説明したり、説明できる形に自分を変えたりする必要がないんじゃないかっていうこと。そのことを一緒に考えてみてほしいという思いで作った作品です。

佳純のお父さん(三宅弘城)も性が原因ではないけれど、自分の会社の同僚と何か上手くいかない、みんなができることが自分ができないと感じたりしたことでうつ病を抱えています。たぶんお母さん(坂井真紀)も、田舎で長女が実家にいて、30歳で結婚していないっていうことを普通じゃないとされるような周囲の視線もあったのではないでしょうか。

──おばあちゃん(田島令子)は3回結婚してるし。

みんながちょっとずつ、みんなと違うなって思いながら生きている。そういう人たちを描いている作品だなと感じています。別に佳純自身も性の在り方だけを整理したくて生きているわけじゃなくて、それもアイデンティティの大事なひとつの要素ではあるけど、それがすべてではない。

そこに対して整理をしていくというだけのお話じゃないと思います。そういう風にしちゃもったいないなというか。なにか、全然違うような悩みを抱えてる人にでも、ちゃんと自分の話として観てもらえるような映画じゃないかなと私は思います。

映画『そばかす』は、シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、アップリンク京都、キノシネマ神戸国際ほかで、12月23日公開。

(Lmaga.jp)

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