エールで見る「売れる音楽を作る才能」木枯と裕一の違い

数々の映画メディアで活躍し、本サイトLmaga.jpの映画ブレーンでもある評論家・ミルクマン斉藤。映画の枠に収まらず多方面に広く精通する彼は、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)も注意深くチェックするという。この春スタートした『エール』について、第7週(5月11日~15日放送)を観て思うところを訊いた。

第7週「夢の新婚生活」

この週で脚本家が「清水友佳子」となり、林宏司は「原案」としてクレジット半ばに表記された。つまりここからは、ほぼ林氏の手を離れたオリジナルということだろう。

清水氏の名は正直記憶になかったのだが、調べると僕が観た作品においては、映画『最終兵器彼女』や『手紙』(ともに2006年)、ドラマ『リミット』(2013年・テレビ東京系)『リバース』(2017年・TBS系)などを手掛けられていたようだ。

まだ脚本家独自のカラーというものはさほど見つけられないように感じるが、『エール』についてはまあまあ上手くバトンを継いでいる。

ともかく、主人公夫婦・裕一と音の新婚生活はいきなり始まる。愛知の八丁味噌と福島の納豆との相容れぬ対立だの、木枯に連れられて行ったカフェーの残り香やワイシャツに付いた口紅だのの「夫婦あるあるいさかい」をギャグにしながら、このちょっと変な・・・というか、当時にしては、どころか今でも相当に特殊な新婚生活が綴られていくが、史実なんだから仕方ない。

「プリンスらしい初歌唱は女性を口説く曲」

音は無事、「東京帝国音楽学校」の声楽部に入学。ちなみに、モデルである金子が入学したのは正しくは「帝国音楽学校」だ。

筒井潔子(「劇団イキウメ」の客演が印象的な女優・清水葉月)や今村和子(ドラマ『あなたの番です』(2019年・日本テレビ系)のシンイー役で躍進した金澤美穂)といった仲間ができ、なかでも注目を集めるのがコンクールで最年少金賞を受賞してすでに遥か高みに達している同級生・夏目千鶴子(小南満佑子)だ。

オペラ実習の授業でモーツァルトの歌劇『ドン・ジオヴァンニ(と黒板にはあるが、いわゆる『ドン・ジョヴァンニ』ですね)の講義中、少女漫画よろしく「プリンス」と女学生たちに崇められる上級生(山崎育三郎)が乱入。

音を指名する・・・かと焦らしたあと、お約束どおり夏目を選んで『ドン・ジョヴァンニ』の二重唱『お手をどうぞ』(ドン・ジョヴァンニ=ドン・ファンである女たらしの主人公が女性を口説く曲。プリンスらしいといえばらしい)を歌唱してみせる。

おお、ミュージカル俳優を多数起用しているこのドラマだが、初めて歌ったのは育三郎か! しかし、その相手をつとめて見事にデュオしてのける小南満佑子って誰?・・・と思って調べると、ミュージカル『レ・ミゼラブル』のコゼットを演じてもいる新進ミュージカル女優なのだね。

どうもこのドラマでは、『エースをねらえ!』のお蝶夫人ぽい 「憧れのライバル」的な感じだろうか。やがて音は、ヴェルディ『椿姫』公演の選考会に「やらずに後悔するよりやって後悔」精神で立候補、主役のヴィオレッタを巡り、夏目と真っ向争うことになる。

「木枯(古賀)の名曲『影を慕ひて』の史実」

いっぽう裕一は、21曲連続不採用。同時期に入社し盟友となった木枯正人も19曲連続不採用。共にプロフェッショナルの職業作曲家としていまだに実績を挙げていない。思いどおりにいかず傷ついたプライドを舐めあうふたりだが・・・、先に木枯の『影を慕ひて』がレコーディングされるのだ!

周知のように『影を慕いて』は昭和歌謡を代表するくらいの名曲だが、史実はもうちょっとややこしい。木枯≒古賀政男は以前この曲を、古巣である「明治大学」マンドリン倶楽部の伴奏でもって日本ビクターでレコーディングしているのだ(しかも作曲に至る由縁には、失恋による自殺未遂などという物語もある)。

ただしまったく売れなかったらしいが、それに目をつけたのがコロムビアレコードの営業マンで、それで古賀はコロムビアに入社したようだ。

ドラマでは、これが最初はA面仕様だったのにB面扱いとなり、ふてくされた木枯が行きつけのカフェー「パピヨン」に裕一を誘うことに。ママを演じるのは、監督・塚本晋也の傑作『六月の蛇』(2003年)のヒロイン・黒沢あすかだ。

恋愛に関する世のなかの機微においてはほとんど童貞と変わりない裕一が、福島のダンスホール以来接する「風俗」である。実はこのあたりが流行歌には一番大事で、木枯は女給と客とのやりとりに「生々しいだろ。ここに居ると曲が湧いてくる」と自らギターを持って『影を慕ひて』の原型バージョンを弾き語るのだ。

これ、後年の美空ひばりの歌唱や、古賀政男自身の歌唱(なんとYouTubeで聴けます)を聴き慣れてると、いわゆる演歌調のこぶしがなくて平坦に聴こえてしまう。しかし別に野田洋次郎が歌うからというのではなく、楽譜に書かれたもともとはこういうものであった。

「木枯と裕一の違い、西洋音楽の昇華」

劇中の「木枯」は、福岡人で西洋音楽(つまりクラシック)など聴いたこともないと言うが、モデルである「古賀」は先述したようにもともとは明治大学マンドリン部きっての秀才であるから、最初はむしろそっち側の人であったと思える。

ただ古関裕而≒裕一と違うのは、西洋音楽の知識を自分自身のオリジナルなものとして昇華し、実際に音にできたかどうかだ。その点では圧倒的に古関のほうに才があった(まだこの時点では開花していないが)。

しかしレコード会社に求められているものは、そうしたクラシック的才能ではまったくなかった。ディレクターの廿日市が求めるのは大衆的な「売れる」音楽である。

当時のコロムビアレコード(≒コロンブス)の社史には詳しくなく、いろいろ調べたものの判らないのだが、このドラマ内では「青レーベル=クラシック的芸術曲」「赤レーベル=大衆曲、流行歌」というふたつの括りがあるらしい。

青レーベルの「顔」はいうまでもなく小山田である。裕一がなんとか契約にこぎつけたのは赤レーベル。すなわち、彼が追求してきたものとは畑の違う音楽だ。

凝った和声やリズム構造はまったくないものの「あんな単純なメロディなのになんで心を打つんだろ」と、木枯の弾き語る歌にさらに謎が募るばかりの裕一なのである。

さて、音楽学校の「プリンス」の正体は、なんと幼少期の数少ない理解者であった県会議員の息子、佐藤久志であった。ということはモデルは歌手の伊藤久男。

古関裕而作曲による『イヨマンテの夜』の豪放な歌唱は僕の子ども時代、よく歌謡番組で聴いたものだ。実際に彼は「帝国音楽学校」に在籍していたが、史実では同郷の古関とは東京で知り合ったらしい。

裕一は、ようやく作曲法をその著書で学んだ心の師・小山田(志村けん)にレコード会社で出会うことになる。もちろん裕一はその小山田の推しでコロンブスに入社できたことを知らない。

それにしても「君は赤レーベルでどんな曲を出したのかな?」とけんもほろろ。尊敬する人物に会ったら会ったでプレッシャーは増すばかり、しかも冷厳な言葉まで投げられて裕一は神経性胃炎で倒れてしまうが・・・、そんなとき何故か家にズカズカいかつい男たちが踏みこんでくる。さて、どうなる裕一(笑)。

【今週出てきた曲】

●モーツァルト/歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より『お手をどうぞ』(佐藤久志と夏目が二重唱する曲)

●古賀政男『影を慕いて』(木枯の初レコード化曲として)

●ヨハン・シュトラウスII世『美しく青きドナウ』(音が蓄音機とともに買ってくるレコード)

●ヴェルディ/歌劇『リゴレット』より『乾杯の歌』(記念公演『椿姫』の第一次選考会で音が歌う曲)

文/ミルクマン斉藤

(Lmaga.jp)

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