【ボート】SG11冠・石野貴之の現在地~ボートレースメモリアル裏開催の宮島で見た勝利への執念~
「ボートレース記者コラム 仕事・賭け事・独り言」
8月30日、ボートレース界の歴史に新たな偉業が刻まれた。峰竜太のGRANDE5完全制覇。ゴールドと涙がこれほど似合う男はいない。佐賀支部の後輩を次々とスターに育て上げ、今なお自身が先頭を走り背中を見せ続けている。これこそ峰が目指してきた新時代のボートレース界だ。
全国から各地区の代表選手が選ばれ、群馬県の桐生ボートで華やかに開催された今年のボートレースメモリアル。毒島誠の復活劇など連日沸きに沸いた。宮島ではSGと同日程で、伝統の『第53回岩田杯』が開催されていた。優勝賞金200万円を獲得したのは遠藤エミ。大阪支部の新星・石本裕武が2着、3カ月ぶりの戦列復帰となった末永和也が3着でゴールし、こちらの顔ぶれも豪華絢爛(けんらん)。遠藤は次のSG・ボートレースダービーの出場権も獲得し、今もSG、G1が主戦場だ。
今大会、初日ドリーム戦の1号艇はSG11冠の石野貴之だった。低調機を立て直し、初日は連勝を飾ったが、準優は4着で優勝戦にその姿はなかった。だが、優勝戦前の選抜戦で見せたイン逃げにはすごみがあった。節間で最も完璧な逃げであると私は感じた。ピット離れで飛び出し、2号艇でインを奪取。やや深めの起こしからトップSを決め、滑らかなターンでイン快勝。これぞ、住之江の大観衆の前でグランプリを制した石野貴之だ。その姿を見た当時大学生の石本裕武がボートレーサーを志したことは有名な話。あの運命の出会いがなければ、今頃きっと石本は、シュッとした商社マンか敏腕弁護士だ。レーサーが命がけでつかむ勝利は、人の生き方さえも変えてしまうとてつもない力を持っている。
石野は昨年4月の第52回岩田杯にも出場。A1残留をかけた壮絶な一節間を、私は間近で見守り続けた。出走回数90走への到達と勝率アップ。一走たりとも失敗できない状況で石野は戦い続けた。その胸の内は想像を絶する。数々の栄光を手にしてきた石野が、がむしゃらに目の前のレースに挑み続けたのだ。最後は優勝戦完走でA1残留。戦い終えた石野は安堵(あんど)の表情を浮かべ、体の痛みに耐えながら戻って来た。「本当にお疲れさま。今日はゆっくり休んでね」とねぎらうと、「今日だけ休みますわ」とニッコリ。その言葉通り、翌節にはGWの住之江であっさり優勝してみせた。
あれから1年4カ月。44歳になった石野はSGの裏開催となる宮島にいた。SG常連だった石野も、今は出場機会が減っている。SG11冠の石野は今何を思うのか。新設のSGVが多い石野は、GRANDE5制覇へメモリアルとダービーを残している。若い頃のようにイケイケで獲れるタイトルではない。出場権を勝ち取ることもたやすくはない。だが、石野は諦めていない。宮島での最後の一走でそれを感じた。最終日の前半、石野は1号艇でまくられ2着だった。後半は2号艇。もしそつなく差して2着で終わっていたら一般レベル。だが、石野は敢然と勝ちに行った。勝負の鬼と化した。それこそがSG級と一般選手の違い。誰がどう言おうと勝ちに徹するのだ。
デビュー戦からSG初優勝、グランプリ制覇と、最高の景色を見せ続けてくれた石野は、還暦となった記者(私)にも若い頃と変わらぬ態度で接してくれる。石野のGRANDE5完全制覇を見届けるまで私もやめられない。今は臥薪嘗胆(がしんしょうたん)。そして、捲土(けんど)重来を期す。それが、石野貴之の現在地。(ボートレース宮島担当・野白由貴子)
