【競輪】伏見俊昭さんの死。いきものがかりがつないでくれた仲。「また天国で酒を飲みましょう」

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 競輪界にとって今年の夏は悲しいことが起きた。KEIRINグランプリ2回優勝、G1を5回優勝した伏見俊昭さんが7月18日、松阪でのレース中の落車により亡くなった。

 競輪のレース中における死亡事故は2012年7月の坂本照雄さん以来。自分が競輪記者になってからは2008年9月の内田慶さんも含めて3人目の悲しい出来事が起きてしまった。

 競輪は勝負どころで時速70キロ前後の高速走行で走っている。その中で1つでも良い着順を取るために体をぶつけ合い、競う競技だ。もちろん競輪選手はみんな覚悟を持ってレースに臨んでいる。悲しい事故は起きてしまったが、競輪選手は改めて死と隣り合わせの勝負なのだと再認識した。事故を起こさない技術を競輪選手にはもう一度考えてもらいたいと思う。

 ここからは伏見さんとの思い出話を残しておく。

 伏見さんとの付き合いは専門紙時代から。先輩記者に紹介してもらい、松戸の検車場で初めて話をさせてもらった。当時の伏見さんは、競輪ファンなら誰でも知っている大スター。競輪が大好きで業界に入ったペーペー記者の自分にとっては光り輝く存在だった。

 伏見さんと仲が深まるきっかけは「いきものがかり」。

 当時の伏見さんはブログをやっていた。そこではレースのことがメインだが、プライベートのことも赤裸々に書き記していた。伏見さんが「いきものがかり」のことを好きなのはブログで知っていた。レースの振り返りなどは先輩記者が聞いていたので聞けなかったが、一人でいるタイミングで狙い、意を決してアタックした。

 「自分もいきものがかり好きなんです」

 伏見さんはなんだコイツと思ったはずだ。でも「いきものがかり好きなんだ。好きな曲はなに?今度一緒にライブに行こうよ」と話が弾んだ。

 2人で行った初のライブは2010年3月に埼玉・三郷。大きなハマーに乗って現れた伏見さんは格好良かった。会場の狭い座席は競輪選手にとって窮屈だったはずだが、心から音楽を楽しんでいた。ライブ後は焼き肉をごちそうになった。競輪選手と初めてサシでご飯に行ったのも伏見さんが初。大好きな競輪、大好きないきものがかりの話で盛り上がり、その日は忘れられない思い出となった。

 その後もライブに何度も行き、ご飯にも度々連れていってもらった。

 2011年3月に東日本大震災が起き、拠点が松阪になり、伏見さんも結婚したことでご飯にいく機会は減ってしまったが、競輪場で会えばいつも楽しく話をしてもらえた。

 伏見さんが結婚して子供ができてからは独身の自分のことを心配してくれた。「まっちゃん、結婚はいいよ。家族はいいよ。子供はかわいい」とニコニコ話してくれた。

 伏見さんは落車を嫌がっていた。2022年6月、高松宮記念杯で落車をしてから成績が低迷。ずっとS級トップで走ってきたスター選手が、落車により思い通りに走れないジレンマを抱えていた。「落車はいいことがひとつもない。落車をして良くなる選手はいない。(落車を)しないことが一番」と晩年は話していた。

 ここ数年は落車がなく順調に成績が上がってきた。2025年8月に補欠ながらG1オールスターに参加。直後の9月立川では4年ぶりのF1優勝。今年も2月のG1・全日本選抜(熊本)に補欠で参加。その熊本では補欠参加だったこともあり、時間が合ったので久しぶりにご飯へ行くことができた。佐々木雄一と3人で楽しく酒を飲めたことは今となってはいい思い出だ。

 5月の日本選手権(平塚)では正選手としてG1へ復帰。負け戦だが白星もゲットした。8月のG1・オールスター(松山)にも出場が決まっていた。そんな矢先の落車事故が起きてしまった。

 事故の知らせは高知のサマーナイトフェスティバル開催中に聞いた。しかし不思議なくらい冷静だった。「伏見さんなら大丈夫」。勝手な話だが、伏見さんが死ぬなんてことは考えられなかった。JKAから公式発表があってもなぜか涙は出なかった。松阪まで通夜にも行かせてもらい、伏見さんの顔を見させてもらったが、ここでも涙は出なかった。

 「またいつか会える」。

 競輪選手は2000人以上いるので、全く会わない選手は年レベルで顔を合わさない。伏見さんともそんな気がしているのかも知れない。

 5月の弥彦、6月の松戸と続けて伏見さんを取材できた。弥彦の準決では高橋舜の後ろから番手まくりで1着。松戸では佐藤一伸のまくりに乗って突き抜けた。勝つことに強くこだわった伏見俊昭の生きざまを間近で見られたことは幸せだった。

 最後の会話も松戸の検車場だった。「早く良い人を見つけて結婚したほうがいいよ!」。

 伏見さんは心から家族のことを愛していたからこそ出た言葉だった。

 ニコニコと笑いながら話してくれた伏見さんのことは忘れません。天国で大好きな「いきものがかり」の歌を聴いてゆっくりしてください。そっちに行くのはまだまだ先になると思いますが、また一緒に酒を飲みましょう。長い間おつかれさまでした。

 そして今年は伏見さんの地元いわき平競輪場で初めてグランプリが行われる。来年1月には周年記念も決まっている。今、いわき平の周年記念は「いわき金杯争奪戦」の名称が付いているが、タイトルに「伏見俊昭」の名前を刻んでもいいような気がします。周年記念のたびに、伏見さんのことをみんなで思い出し、懐かしい話をするいい機会になると思います。いわき平競輪の関係者の皆さま、どうか検討してみてください。(松本 直)

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