“闘う歌姫”が初体験リングでA・小猪木にKO勝利 本家・猪木さんとは幼少期から交流「つながった縁」

 歌手で空手家の前田瑠美が24日夜に東京・新宿FACEで開催されたエンターテインメント系団体「西口プロレス」の25周年記念大会で初体験となるプロレスのリングに上がり、異種格闘技戦で一騎打ちしたアントニオ小猪木に2回KO勝ちした。試合後、前田は“本家”である“燃える闘魂”アントニオ猪木さん(2022年死去、享年79)と子どもの頃からの「縁」があったことを明かした。

 第25代ミス鹿児島(2001年)、極真空手全日本女子チャンピオン(05年)にして歌手という経歴の前田は1977年生まれの48歳。勝負ガウンで入場した小猪木に対し、道着に黒帯を締めて登場し、年齢を感じさせない軽快な動きから随所で切れのある蹴りを繰り出した。西口プロレスの終身名誉顧問に就任したザ・グレート・カブキもリングサイドから見守る中、序盤から優勢に立った。

 対する小猪木はリングに背をつけた「アリ・猪木状態」から反撃の機会をうかがい、ロープ際のコブラツイストで見せ場も作った。さらに寝技に持ち込んで肩固めに移行したものの、「5秒でブレーク」のルールで救われた前田が再び攻勢となり、2回2分51秒、後ろ回し蹴りが小猪木の頭部にヒットしてダウンを奪い、前田が初陣を鮮やかなKOで飾った。

 勝利後、前田はマイクを手にすると、会場に流れるサラ・ブライトマンの「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」に合わせてソプラノでオペラ歌唱。“闘う歌姫”の熱唱に会場から盛大な拍手が起きた。小猪木から「おい瑠美、なかなか強くなったな」と激励され、前田は「めっちゃ楽しかったです」と笑顔を見せた。

 大会終了後、前田は当サイトの取材に対して「空手は女性も素手、素足で、ノックアウトで骨を折る、たたきのめす、どうやって沈ませるか…くらいの勢いで戦います。(3分50ラウンドという長丁場のスタミナ対策として)ミット打ちをたくさんやって鍛えてきました。(寝技で)男性の力は強いなと思いましたが、(最後の蹴りが決まった時は)うれしかった。大好きな(K-1戦士)アンディ・フグさんの影響で身につけた『かかと落とし』もやりたかったんですけど、(相手の)骨を折る可能性もあるので、やっていいのかな…と思いながら戦っていました」と振り返った。

 小猪木は「派手なパワーボムや空中殺法などではなく、緊張感や間合いで勝負をした。それが昭和プロレスであり、猪木イズム。そして終身名誉顧問のカブキさんも教えてくれた“技ではないプロレス"。武藤敬司さんも『引き算のプロレス』と名言を残した。技ではなく間合いと溜め。それを引き続き、伝えていきたい」と自身の哲学をアピール。前田について「空手のチャンピオンになるだけあって動きが鋭かった。プロレスの間(ま)と空手の間が全く異質で、やりづらさもあるが、彼女との戦いにはワクワクさがあった。試合前から(プロレスVS極真空手の)『アントニオ猪木VSウィリー・ウィリアムスだね』という声もあったので、そういう目線でもお客さんに見ていただけたかと思います」と手応えを示した。

 その猪木さんと、前田は故郷の鹿児島・出水市で子どもの頃から接していた。猪木さんにとっても出水は父・猪木佐次郎さんの出身地で、父方ゆかりの地でもあった。

 前田は「私が小学生の時に、現役の猪木さんが出水に来られていたことがあり、整骨院を営んでいた私の実家にも何度も来てくださいました。祖父や父から『猪木さんは患者さんとして通ってくださっていた』と聞いております。手元には写真も残っていて、それでは弟が抱かれていましたが、私も抱っこしていただいたことを覚えています、大人になって東京に出てからも何度か猪木さんとお会いし、その頃の話をすると覚えてくださっていた。猪木さんのことが大好きで、小猪木さんもお兄さんのような存在で大好きですので、そこからつながった縁から、この日を迎えられてうれしいです」と感慨に浸った。

 試合前日には千葉県内でサンバカーニバルのダンサーとして踊った。前田は「その格好でリングに上がろうとも思いましたが、『今回は空手着でお願いします』と言われまして(笑)。いろんなことに挑戦したいので、またチャンスがあれば戦いたいです。今後もポジティブに活動していきたい」と前を向いた。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

関連ニュース

編集者のオススメ記事

サブカル系最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(芸能)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス