立川志らく「破滅型芸人に憧れる」異色落語家の映画上映で本音吐露「私なんか芸人としてはちっぽけですよ」

 落語家の立川志らく(62)が14日、東京・渋谷のユーロスペースで、落語立川流の兄弟子・快楽亭ブラック(73)の生き様を描いたドキュメンタリー映画「落語家の業(ごう)」上映後に同作の榎園喬介監督(43)を聞き手にトークショーを行い、今も変わらない“破滅型芸人”への「憧れ」を語った。

 13日の公開から連日、立ち見の盛況となる中、観客席で同作を見届けた志らくは開口一番、「あきれながら観ておりました」と笑いを誘い、「でも最後の方で悔しいけど感動してしまいました」と付け加えた。志らくは「この感覚は何かなと思ったら、『ゆきゆきて、神軍』を観た時と同じような感じがしました」と指摘。戦後の日本で戦争責任を問い続けた破天荒な活動家・奥崎謙三氏を追った原一男監督によるドキュメンタリー映画を引き合いに出した。

 くしくも、1987年に「ゆきゆきて、神軍」を最初に公開した「ユーロスペース」(当時は移転前の別場所)で、榎園氏にその理由を問われると、志らくは「無茶苦茶な人の半生を追いかけた映画。身近にいると怖いですけど、距離を置いてみると楽しい。こんな目茶苦茶な人が日本にいる、しかも我々の身近に…という“ドリーム”がある」と評した。

 本業の落語に加え、テレビのコメンテーターなどで多忙な日々を送る。榎園氏が「ダメ元でお願いしたら来てくださった」と感謝すると、志らくは「私の周りは全員反対でした。私が行くメリットがゼロだと…」と笑わせながら、「でも、楽しいことが起こるのであれば、そこに参加しようという芸人としての思いがある」と応えた。

 志らくは85年に立川談志さん(2011年死去、享年75)に入門。ブラックは05年に立川流から離れたが、志らくの前座時代から付き合いがあった。

 志らくは「私が入門した40年くらい前、ブラックさんは『放送禁止落語の会』というものに出ていて、『前座で手伝いに来てくれ』と言われた。私はまだ右も左も分からない20代前半ですから、お手伝いのつもりで行くと、ブラックさんから『(高座に)上がって“危ない落語”をやれ』と。差別用語や放送禁止用語もよく分からないまま、(あるネタを)やったら、ものすごく受けてレギュラーになった。お客さんも期待するから、毎回、危ないことをやっていたら、さる団体からお叱りを受けて。普通なら『志らくは前座でお手伝いに来ただけで関係ありません』と言ってくれると思うでしょ。そしたら『同罪』だってことで、私も一緒に怒られた」と回顧した。

 その後、周囲の大先輩から「メジャーなところに行きたいのなら付き合うな」と忠告され、「ブラックさんとは距離を置いた」というが、その後も関係は続いた。

 志らくは「私が真打ちになってから劇団を旗揚げし、差別の物語を真正面から取り上げて過去の出来事への謝罪の意を示すと、ブラックさんは『志らくは野暮なヤツ』だと。ブラックさんが私の妻子をネタにした落語をしたと聞いた時は『許せない。二度と付き合いません』と電話をたたき切ったこともあった。それだけ、ひどい目に遭っていながら、ここに来た。結局、ブラックさんのことが好きなんですね。こういう芸人に憧れている」と複雑な心情を吐露した。

 テレビ界、芸能界では“成功者”になったと見られる。だが、志らくは「やっぱり“破滅型芸人”というのに憧れるんですね」と告白。「私なんか芸人としてはちっぽけですよ。ブラックさんを(テレビに)出したら、テレビ局がなくなるから」と場内を爆笑させ、「この映画は落語ファンだけじゃなく、いろんな人に観てもらえたら。(会場で撮影された)映像をブラックさんが観て、この後、どんなことを言われるか気になりますが、私は尊敬してます。大好きです」と締めくくった。

 同作は東京での上映に続き、2026年1月9日からアップリンク京都、同10日から大阪・第七藝術劇場、神戸・元町映画館、名古屋・シネマスコーレでの公開が決まっている。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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