コロナ死に直面した医師であり作家、夏川草介氏が報道陣に訴えたもの

 作家の夏川草介さんが19日、小学館の新企画発表会にオンラインで参加した。現役医師として長野県のコロナ感染症指定病院に勤務する体験を踏まえ、「マスメディアは人のいら立ちばかりを報道している。頑張っている人の姿を伝えてほしい。つらいつらいと言うばかりで、大人たちが怒る姿は、子供や若い人に影響を与える。もっと格好いい大人を発信してほしい」と訴えた。

 映画化もされた『神様のカルテ』で知られる夏川さんは、今年1月から約1カ月間、医療現場で新型コロナ“第3波”に直面した。入院を断られ泣く患者、本音ではない言葉で自宅待機を要請する医師、家族と対面できないまま納体袋で運ばれていく遺体。「これが医療と呼ばれていいのか。この恐ろしい現実が伝わっていないのではないか。第1波、第2波とは明らかに違った」。1月中旬だった。ストレスで眠れない時間帯に「このままでは自分の心がおかしくなる」と、筆を走らせた。憤りを言葉にすることで幾分、感情を整理できた。約2週間で書き終えた『臨床の砦』が、先月23日に発売された。

 小説ではあるが、医療現場の描写は体験をそのまま反映させた。さまざまな考え方を投影させた登場人物が、対立を乗り越えて患者に向き合う姿を描いた。「物語以外の選択肢はなかった。物語の力を信じていますから」とルポタージュや提言の形にする気はなかったというが、主義主張を押し出す危うさを実感していたのではないだろうか。「コロナに対する立場はたくさんあって、何が正解か分からない。医療も大事で、経済も大事だと人は言うが、僕は経済のことは分からない。ほとんどの人は黙って静かに耐えています。自分だけが大変だという考え方ではコロナ禍は抜け出せない。力を合わせ、必ず希望はあると信じることが大切だと思います」という言葉に、そんな思いがにじみ出ているように感じた。

 コロナそのもの以上に恐ろしかったのは、差別と無関心だという。都会と異なり、田舎では感染者が容易に割り出される。「誹謗中傷があり我々も一時はコロナ患者を診ていることは伝えたくなかった。今まで見たことがない状況でした。感染して家族にうつしたら家庭が崩壊する。これが一番怖い」。病院に寝泊まりする者、車中泊する者も珍しくなかった。また、コロナ患者を受け入れない病院との“格差”にも憤りが募った。地区では唯一のコロナ患者の受け入れ病院だったが「他の病院との連係が取れず、情報がクローズされていた。コロナ患者を診ていない病院のドクターは、この状況を全く知らないままだった」。“第4波”に向き合う現在は改善されたが、課題はまだまだ多いという。

 過去の作品のように「この本で世の中が良くなれば」という希望は、今作に抱くことはできなかった。「出版は悩みました。状況が次々に変わり、もしかしたら1年後には考え方が変わり、本を出すべきではなかったと後悔しているかもしれません。それでも、亡くなった人のことを伝えたかった」。常に迷いや葛藤を隠さなかった夏川氏。だからこそ、報道に対する要望に迷いや葛藤が一切なかったことが、重く心に残った。

(よろず~ニュース・山本 鋼平)

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