浜村淳 映画の結末は話していなかった…広まる都市伝説…しゃべくり自叙伝(1)

笑顔でインタビューに答える浜村淳=MBS(撮影・山口登 写真は一部加工しています)
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 「さて皆さん」-。関西の朝は、話術の達人ことパーソナリティー浜村淳氏(83)の名調子なくして始まらない。MBSラジオの名物番組「ありがとう浜村淳です」(月~土、前8・00)は今春に放送44年を迎える。映画、音楽から時事ネタまでを語り続け、しゃべり出したら止まらない浜村節はいまなお絶好調。同志社大学の学生だった時に思わぬ経緯で司会業を始め、プロとなって東京へ。吉本興業時代のギャラ事情も明かしたしゃべくり自叙伝を。以下は(1)。

 ◆都市伝説

 -失礼な話でも聞いてしまおうという企画です。

 「何でも結構ですよ。だいたい芸能人に失礼なんてないんです」

 -浜村さんと言えば臨場感あふれる映画解説。しかし数十年来、浜村さんはラジオで映画の結末まで話してしまうという説が。

 「ははは、そうそう。でもあれはね、本当は違うんですよ。結末まではしゃべってない。ええとこで『さて、この後、どうなるのか』『果たしてこの2人はめぐりあえるのか』と止めるんですよ」

 -関西の人はおもしろおかしくネタにする。しかし若干、東京方面の方は本当だと信じてしまってるような。

 「映画監督の是枝裕和さんにも、アンタ最後までしゃべるから辛い、と言われましてね。よう聞いて下さいよと否定するんですけど、もうイメージですね。八代亜紀さんが顔立ちから厚化粧やと言われてる都市伝説みたいなもんです。八代さん、私の番組に来た時『みてください、私、化粧薄いほうでしょ?』とおしゃってました」

 -それも含めて、おもしろさですね。

 「でもね、映画の話の最後は『この後は、映画館で見てください』と結ぶことが多いんですが、これにお叱りの投書が来ることがあるんです。『おまえはそう言うけど、うちの町には近くに映画館がないんや』とね。NHKのラジオでやると、沖縄の離島の方からも。『最後までしゃべれ!』とね。都市伝説はおもしろいです」

 ◆「ありがとう-」で44年

 -こちらは本当の伝説。MBSラジオ「ありがとう浜村淳です」が4月で丸44年を迎えます。毎週月曜から土曜まで毎朝休みなしの生放送。

 「毎朝4時50分に起き、6時くらいに局に到着して、そこから2時間かけて新聞・雑誌に全部目を通して、放送ネタを作っていきます。その昔、横山ノックさんに5時に起きてると言ったら『わしらが寝る時間や』と言われましたね」

 -毎日のネタ作りは大変な作業。

 「これがね、ネタの数を増やしたらいいかと言うと、放送に入ると処理できず、泣く泣く割愛することも多い。まずはお笑いでいうところのツカミは、しっかり決めます。次はどのネタを選ぶか、これが難しい。芸能ネタはうけやすいけど、それだけでは持たない。社会・外交問題とかは塩梅が難しいですが、そこに松居一代のネタを入れたり。どうアレンジするか、結構苦労しますね」

 -実は日曜日にかぜをひいてしまい、週明けの番組が不安になったことなどは?

 「それは何度もあります。でも、かぜひいても『えい、やあ!』でやってしまうと、不思議と番組が終わるころに治ってたり。声を聞いただけで、お気づきになるリスナーの方は多いです。私は健康法を聞かれると『映画を見ること』と言ってますが、あとは、奥さんが私の健康を心配して、毎朝一緒に起きて飲むサプリメントや服装を整えてくれて、その力が大きいですね」

  【(2)に続く】

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